第7話 帰 還(その3)
「スクールセーターさん?」
ブレザーに声を掛けられたスクールセーターだが、すでにその声に反応することはできなくなっていた。
声を発することも目線をむけることもできず、うつろな目でただ力尽きるのを待つことしかできなくなっていた。
そこへセーラーとワンピ、そして、充駆がクレバスの縁からやってくる。
セーラーがブレザーに声を掛ける。
「帰るぞ」
赤い目でスクールセーターの頬を撫でていたブレザーは、何事もなかったかのように立ち上がる。
「ええ……そうですわね」
充駆がスクールセーターを見下ろしてつぶやく。
「この子は……?」
「……」
いつもなら即座に充駆の疑問に答えるイートンだが、今はボレロロスから立ち直ってないのだろう、なにも答えない。
代わって口を開いたのはワンピ。
「ここで朽ちるしかねーだろな」
「朽ちる?」
耳を疑う充駆にセーラーが補足する。
「私たちの生命力の源は人間の意識。ざっくり言えば私たちは人間たちから認識されることで存在している。しかし、
その意味がわからない充駆にワンピが続ける。
「つまり、生物で言うところの生命エネルギーってやつ?――が存在しない深層域じゃ傷を癒やすことすらできねえんだよ。学校がある中層域まで戻れば別だけどな」
そこへブレザーが声を掛ける。
「なにをいつまでも話してるんですの? 急ぎますわよ」
セーラーが誰に言うともなくつぶやく。
「立場的にブレザーとスクールセーターは同じ時期に人間の支持を伸ばして認知されてきた存在だからな。ブレザーが一番連れ帰りたいんだろう」
充駆が歩き始めたブレザーの後ろ姿と、足元のスクールセーターをきょろきょろ見返す。
「じゃあどうして」
「確かにブレザーは防衛戦に敗れた。とはいえ次世代主力の座はまだイートンに移っていない。鍵の投入が終わってない以上は。つまり、ブレザーが現女王であることにかわりはない」
ワンピが続く。
「現女王としては制服廃止論を支持した立場のスクールセーターを助けるわけにはいかねーのさ」
「そして、私たちは現女王の意思を尊重し、優先する。それだけだ」
そう言ってセーラーとワンピが歩き出す。
「それはそうかもしれないけど……でもなあ……」
遠ざかるブレザーとワンピとセーラーの後ろ姿に、充駆は釈然としない表情でひとりごちる。
そして、改めてスクールセーターを見下ろす。
足元でじっと動かないスクールセーターはその端正な顔立ちから、まるで遺棄された等身大フィギュアのようにも見える。
充駆はそんな死にゆく少女を残して行くことに後味の悪さを覚えている。
それは充駆が部外者だからゆえの感情なのかもしれないけれど。
「充駆さん――」
不意にイートンがささやいた。
「ん?」
充駆は考える。
イートンはどう思っているのだろう。ボレロをクレバスへと追い込んだ張本人であるスクールセーターのことを。
聞いてみてもいいだろうか。
もしかしたら怒るかもな。
それが当たり前の感情なのだろうけど。
しかし、イートンの続く言葉は。
「――お願いしていいですか。スクールセーターさんを」
その一言にイートンも同じ感情だったらしいと知って、充駆はほっと息をつく。
「おう。イートンがいいなら異議なしだ」
スクールセーターを抱き起こし、ぐったりと動かないその身体を背負う。
先に歩いていたブレザー、ワンピ、セーラーの三人がいつからか立ち止まってこっちを見ていた。
充駆は三人の目線に気付くと決まり悪そうに顔を伏せて口を開く。
「か、帰りましょう。早く」
潤んだ瞳のブレザーはそんな充駆に担がれたスクールセーターを複雑な表情で見ている。
その肩をセーラーが叩く。
「“次期女王”の意思じゃあしょうがない――な?」
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