第7話 帰 還(その2)

 三人と離れた所で、ブレザーがスクールセーターのかたわらにヒザをつく。

 そして、ささやきかける。

「どうして……スクールセーターさん」

 哀れむような目のブレザーに、スクールセーターがぼそりと返す。

「……悔しかった」

 その意を瞬時に理解したブレザーが問い掛ける。

「確かにあなたは女子校生のアイコンとしてはわたくしたち制服を超える認知を人間から得ていましたわ。だからですの?」

 涙を伝わせたスクールセーターが唇を震わせながらたどたどしく答える。

「ボクも……制服になりたか……った。そして……ブレザーちゃんと……一緒に……ずっと一緒に……」

 スクールセーターの脳裏にこの数日間のできごとが通り過ぎる。


 スクールセーターがこの数日間において現実世界を徘徊するようになった理由は、四十年ぶりの次世代制服デザイン主流決定戦の開催が決まって浮き足立つ潜在意識空間の空気に居心地の悪さを覚えたからに過ぎなかった。

 現実世界を徘徊するのは、もちろん、好ましいことではない。

 都市部ならともかく、田舎で平日の昼間にこんな姿が街中をうろうろしていればそれだけで警察から声を掛けられる。

 そんなことになれば、人間として存在しないことになっている以上、めんどくさいことになるのはわかりきっていた。

 それでも潜在意識空間こっちにはいたくなかった。

 その日も、いつものように町外れを歩いていると、ボレロと小さくなったイートンがいた。

 こんな昼間からなにを……?

 様子を窺っていると人間の男に絡んでいることがわかった。

 その姿に自制ができなかった。

 もちろんそれはただの嫉妬である。

 そんな感情に押されるまま触手を伸ばし、半ば無意識にボレロとイートンに襲い掛かる。

 不意に、どうした作用かはわからないがイートンが元のサイズに戻った。

 我に帰ったスクールセーターは逃げるようにその場から離れた。

 一対二になってまで八つ当たりを続けるつもりなど毛頭ない。

 しかし、逃げた理由はそれだけではない。

 もうひとつある。

 それは――かばいあうボレロとイートンを見てブレザーに会いたくなったから、だった。

 制服でない自分にとって唯一の心を許せる存在であるブレザーに、無性に会いたくなったのだ。

 スクールセーターは数日ぶりに潜在意識空間へ帰った。

 しかし、そこでブレザーと会う前に出会ってしまった。

 制服廃止論者と。

 それは、今よりもずっと小さく弱弱しい思念体だった。

「……誰?」

「制服廃止論者とでも名乗ろうかねえ。四十年ぶりに動き出した制服評議会の様子を窺いにきたのだがねえ……この校舎全体を覆う結界のせいだろうねえ。すっかり生力を分解されてこのざまさ」

 力なく自嘲気味な声で答える制服廃止論者にスクールセーターはささやきかける。

「……ボクが助けてあげるよ」

 無意識に口を衝いて出た言葉だった。

 “制服廃止論者”という名前に共感を抱いたのかもしれない。

 自分の感情を理解してくれると思ったのかもしれない。

 死にかけた猫のように自分を見上げる思念体にささやく。

「ボクに……憑依すればいいよ」

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