第7話 帰 還(その4)

 充駆にとって深層域への往路は森からの泉によるショートカットで一瞬だったが、実際に歩いてみると想像以上に長かった。

 歩きながら充駆とイートンがこれまでの経緯をセーラーたちに語って聞かせる。

 森で出会った思念体に案内された泉で深層域までショートカットしたこと、その先でいきなりスクールセーターと遭遇したこと、そして、ボレロの最期のこと……。

 それがイートンの感情を整理させたのか、気が付けばすっかりもとの表情を取り戻していた。もしかしたらセーラーたちの手前、無理をしているのかもしれないが。

「交代しよう」

 不意にセーラーが声を掛けて充駆の背からスクールセーターを引き取る。

 そこから気が付けば全員で順番にスクールセーターを背負っていた。明らかに身体の小さなワンピも含めて。

 セーラーとワンピに続いて最後にスクールセーターを背負ったブレザーが歩きながらささやく。

「心配いりませんわ。もう少しの辛抱ですわよ。大丈夫、大丈夫。中層域まで戻ればすぐに良くなりますわ」

 しばらく経ったところでブレザーの端正な頬に汗が伝っていることに充駆が気付く。

 順番から言えば次は最初に戻って充駆――正確には“イートンの身体”が引き受けるところだが……。

「イートン」

「はい?」

「次は僕でいいかな」

 考えるまでもなくイートンの身体は他の三人とは異なりワンバトル終えている上、まだその疲労は完全に癒えてはいない。

 一方、充駆の身体には負傷も疲労もない。

 確かにイートンや他の連中と比べてはるかに非力でポンコツな肉体ではあるけれど……それでも、自分だけが身体を酷使しないことに後ろめたさを覚えていた。

「大丈夫ですか?」

 イートンの声に答える。

「おう。任せろ」

 深層域で背負った時にはそれほどの重さは感じなかったことを思い出す。

 いや、でも、待てよ。

 それって、単純に充駆の身体より圧倒的に優れた筋力を持つイートンの身体だったからじゃ……。

 そんな不安を覚えたものの、別に相撲取りを背負うわけではない。

 いくら非力な身体でも大丈夫だろう。

 そんなことを自身に言い聞かせながら身体を分離させて、本来の高見充駆に戻る。

 そして、ブレザーに声を掛ける。少し緊張しながら。

「こ、交代しましょう」

 突然現れた“本来の充駆”に声を掛けられて、一瞬驚いた表情を見せたブレザーだが。

「ま、まだ、大丈夫ですけど……。せっかくですからお任せしますわ」

 充駆がブレザーの背からスクールセーターを引き継ぐ。

 しかし、すぐに違和感に気づく。

 軽い?

 いや、軽すぎる。

 深層域で担いだ時以上に?

 その体重を一切感じないわけではないけれど、小学生の頃に抱え上げた野良猫並みの重さしか感じない。

「ちゃんと背負えてる?」

 かたわらに浮かんで、充駆が背負っているはずのスクールセーターを見ているイートンに問い掛ける。

 イートンは質問の意図が読めず、戸惑いながら頷く。

「え? はい。ちゃんと背負ってますけど……」

 そこへセーラーが。

「スクールセーターだけじゃなく私たちもだけど……そもそも実体のない存在だからな。人間の感覚で認識すればかなり軽く感じるだろうさ」

「あ、ああ。そういうことか」

 つぶやいて担ぎなおす。

 その拍子にスクールセーターの髪のにおいを感じて、改めて気づく。“若い異性の身体を背負っている”という事実に。

 なにしろ普段の充駆は教室で偶然手が触れただけの女生徒が悲鳴を上げたり嫌悪の表情を向けたりするような存在なのである。

 そんな自分がスクールセーターオンナノコと身体を密着させている!

 気づいてしまうと一気に緊張する、全身が強張る、汗が噴き出す、頬が熱くなる。

 深層域で担いだ時は気にならなかったのに?

 あの時はまだ鍵を奪還した直後ということで、神経が昂っててよけいなことまで考える余地はなかったから?

 あるいは単純にイートンという少女の身体で担いでいたから、異性に対する認識が相殺されてた?

 そんな思案が頭をめぐるが平静を装って――緊張を悟られないように――声を上げる。

「よしっ、行こうっ」

 しかし、かたわらにふわふわと浮かぶ十センチのイートンは違和感を覚えたらしく。

「充駆さん?」

 訝し気に声を掛けられたことで、心中を見透かされたような気分になった充駆が慌てる。

「い、いや。この子を運ぶだけだからっ。下心とかないからっ」

「いえ、わかってますけど?」

 きょとん顔のイートンの後ろでワンピが笑う。

「女の身体に触れるからってびびってんのか、童貞野郎が」

 ブレザーがいさめる。

「お下品ですわよ」

 図星の充駆は顔面を紅潮させてなにも言い返すことができない。

 そんな充駆へセーラーが告げる。

「スクールセーターも私たちもただの擬人化体だ。女でもなければ人ですらない。なにも意識することはない」

「は、はい」

 その一言で少しだけ気分が軽くなった充駆ではあったが、セーラーの表情が少しだけ寂しさを含んでいることは見逃さなかった。

「セーラーはたまにあんな表情をするんだよ。人間にコンプレックスがあるからな」

 不意に掛けられたワンピの声に充駆は。

「ど、どうして、ですか。なにかあったとか」

 そんな疑問が思わず口を衝くほどワンピの言葉は意外だった。充駆から見たセーラーは――容姿も含めて――“完璧超人”という認識だっただけに。

 ワンピが充駆に顔を寄せて、声を潜める。

「昔、人間の男と恋に落ちたことがあってな。だから自分が人間じゃないことに劣等感を持ってるのさ」

 イートンが好奇心を隠そうともせずに。

「その話、初めて聞きましたっ」

 しかし、ワンピはそれ以上を語ろうとはせず。

「ま、オレもセーラーも百年前から制服やってんだ。いろんなことがあったんだよ」

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