第1話 昏い教室(その3)
佐伯祐未の妹である佐伯理未は充駆に懐いていた。
半年前の夕方、理未は充駆に借りていた漫画を返しに行くと家を出た。“それなら明日学校で私が返すよ”という祐未の言葉を振り切って。
漫画には理未手製のバースディカードが挟まれていた。
その日は充駆の誕生日だったのだ。
理未はその日のうちに自身の手で渡したかったのだろう。
しかし、充駆がそれを受け取ったのは理未からではなく祐未からであり、場所は充駆の家ではなく総合病院の暗い待合室だった。
充駆の家に向かう途中で理未はこの丁字路で事故に遭い、救急搬送されたのだ。
なんとか意識を取り戻した理未だが、数日後に容態が急変して逝ってしまった。
それ以来、充駆は目に見えて無気力になっていった。
悪かったのはその時期である。
中学に入学して一か月と少しが経ったその時期は、ようやくそれぞれのヒトトナリが見え始める時期であり“派閥”が形成される時期である。
それは生徒たちが“それぞれの相関関係を構築する時期”であり“教室内での立ち位置が決まる時期”と言ってもいい。
相関で言えば親友、仲間、友人、敵、ライバル、憧れの異性、そして――“見下す対象”。
立ち位置で言えばリーダー、人気者、優等生、トリックスター、ギャグメーカー、そして――“負け犬”。
そんな時期にふさぎ込んで誰ともかかわろうとしない充駆が収まったのは“見下す対象”であり“負け犬”だった。
そもそも“見下す対象”の第一条件は“能力的に劣る者”ではない。
バカだったり運動ができなかったりしても多くの友人に恵まれる者はいる、支持される者はいる。
“見下す側”が絶対的に避けたいことは“返り討ちに遭うこと”や“反撃の連鎖で泥沼化すること”であり、そのために優先すべき“見下す対象”の第一条件とは“孤立している者”なのである。
“支援する者”がいなければ、たとえ議論であろうが殴り合いであろうが反撃してきたところで多勢に無勢、数の力で叩き潰すことができるのだから。
“誰もが心置きなく見下せる孤立無援の存在”という条件に見事に合致した充駆が“見下す対象”として、そして“負け犬”としての学校生活を送るようになったのは当然の帰結だった。
ことあるごとに罵声と嘲笑ばかりを投げられるようになっていた教室からの帰り道で、充駆は考える。
誰からも好かれていた理未ではなく、誰からも相手にされない自分が死ねばよかったのにな――そんなことを毎日毎日、この丁字路を通りながら考える。
「来年になったら
そう言って理未が笑ったこの丁字路で。
一回り大きな祐未の制服を着てポーズを決める理未の姿が保存されているスマホを握りしめながら。
充駆は滲んだ視界から零れそうになる涙を堪えようと、空を見上げた。
十一月の空は青かった。
このままこの青に混じって消えて行けたらいいのになあ――と思った。
その時――
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