第1話 昏い教室(その1)
その日最後の授業が終わった。
まず教室を飛び出すのは二年生より早く整列していないとぶん殴られる体育会系。
続いて出ていくのは――
「オレが見たのは駅前の広場でさ、自動販売機眺めてたぜ」
「二組の美鈴も見たってよ。パチンコ屋の駐車場だったかな」
「マジでいるんだ。なんかヤバくね」
「とにかく、見に行こうぜ、捜そうぜ」
――リア充チーム。
うわさになっているのは最近町で目撃情報がある“セーター女”。
とはいえ“血で染まった赤いセーターの云々”といった話ではなく、いわゆるスクールセーターの女子校生。
それがなぜうわさになっているかといえば、単にここが田舎町だから。
スクールセーターの女子校生など、テレビドラマやヤンキー漫画でしか見たことがない世界だから。
田舎者の宿命として“メディアによってもたらされる都会文化の
さらにリア充チームの女子としては“都会の女子校生”の象徴であるスクールセーターにうろうろされることで自分たちの田舎者コンプレックスを刺激されて目障りだという身勝手な事情から、その存在を黙殺しておくわけにもいかないのだろう。
そのあとを居残る理由もない多数派がぞろぞろと出ていく。
その人並みが落ち着いたところで、高見充駆は席を立つと机の中のものをすべて鞄に移す。
教室の後方にひとりずつ割り当てられた“個人持ちの教材や体操服用のロッカー”は最初からなにも入れてない。
充駆は帰る時、教室になにも残さない。
残したが最後、盗まれる捨てられる汚される――充駆のものだけが。
ぱんぱんに膨れあがった重い鞄を担いで教室を出ようとした時、足元に転がる消しゴムの存在に気が付いた。
拾い上げて周囲を見渡す。
「誰の?」
ひとかたまりになって論評で盛り上がる漫画好きグループの男女が目を向ける。
その中で一番おとなしい女生徒が目を見張り、なにかをもごもごと周囲に告げる。
その“なにか”を充駆に伝えたのはグループの中で唯一の男子生徒。
「捨てといてくれってさ」
充駆は改めて手の中の消しゴムを見る。
それは殆ど使われていない新品同然。
「いや、そりゃもったいない」
と、差し出すが当の女生徒はあからさまに不快な表情で顔を逸らせる。
そんな彼女の心情を――彼女に受け取る意思がないことを――先の男子生徒が補足する。
「察しろよ。おめーの触ったもんなんか使えねーって言ってんの」
「じゃあもらっていいか?」
充駆がなにも考えずに返した言葉を受けて、グループの連中が一斉に騒ぎ立てる。
「聞いた? 聞いた?」
「その消しゴムほしいってことは、清美のこと好きなんじゃね?」
グループの半分は笑い、半分は悲鳴を上げる。
その中で消しゴムの持ち主である女生徒の清美が赤い顔でぼろぼろと涙を落とす。
慌てて別の女生徒が充駆を睨む。
「高見ぃ。謝れよ」
その言葉が充駆にとって“意味不明”であることは言うまでもなく。
「は? なんでだよ」
ぽかんと問い返す充駆に女生徒が声を荒らげる。
「あんたのせいで清美が泣いてんじゃない」
「知るか」
吐き捨てた充駆は消しゴムを投げつけて教室を出ると、その背中に“サイテー”だの“死ね”だの“ひどーい”だのといった罵声を浴びながら、すでに人通りのほとんどなくなった廊下を生徒玄関へ向かう。
そこへとなりの教室から声を掛ける女生徒がいた。
「あ、充駆。待って」
廊下の様子を窺っていたらしいポニーテールの女生徒――佐伯祐未が駆け寄った。
「ちょーどよかったー。一緒に帰ろ。いい?」
問いながらも充駆の返事を待つこともなく並んで歩く。
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