第11話
青風と藤川先輩に事情を話して昇降口に足を運んだ。登校時に履いたスニーカーに足を差し入れて学び舎の門をくぐり、その足で眼鏡を購入した。
視力が悪くないのに万単位のお金は払いたくない。
ブルーライトカットメガネなら安い物で千円ちょっとだ。変装をするだけならだてに等しい眼鏡でも十分だろう。
翌日の昼休みに青風と部室で合流した。簡単な髪型の変え芳を教わって、この日は食堂におもむかずに解散した。涼乃が変なことを言うからだ。二人での昼食というシチュエーションを変に意識してしまった。
ともあれこれで準備万端。放課後を迎えてお手洗いの鏡と向き合った。いけてる顔を眼鏡で飾って、ヘアピンで前髪を横明けにする。
完璧だ。どこからどう見てもしゃれっ気のある色男。この世に新たなイケメンが誕生してしまった。
俺は悠々と廊下に踏み出して文芸部の部室へと足を進める。
文芸部の部室は長い廊下を歩き切った先にあった。俺は手首をひるがえしてドアを三回小突く。
廊下と教室内を隔てるドアが勝手にスライドした。度のあるレンズ越しの瞳と目が合う。
俺は微笑に努めて、露わになった顔にあいさつをぶつけた。部屋に足を踏み入って体験入部の旨を告げる。
部室内には俺に嫌な顔をした男子もいた。変装がばれないかと左胸の奧がどきどきしたものの、彼は気付かなかった。他の部員に混じって歓迎の視線を注いでくれた。
部長らしき男性に椅子を進められて腰を下ろした。小説の執筆経験の有無、好きなジャンルやゲームなど当たり障りのないことを問われた。
一通りの質問を経て、この日は文芸部の活動を見学をすることになった。
部長の指示でリレー小説が始まった。文芸部は小説を読んだり書いたりするイメージがあったけど、やはりやることはその類のようだ。
閉め切られた室内で、年の近い少年少女がキーボードをカタカタ鳴らす。
誰かが書いた小説の続きを、他の誰かが執筆する。彼らはどんな気分でそれを行っているのだろう。仮に茂地さんが冒頭を書き上げても、彼らはその続きを書くのだろうか。
感慨に浸っている場合じゃない。俺は目的があってこの部室を訪れたんだ。
俺は部室内を視線で薙いで、手が空いている女子部員にそっと近づく。
「そういえば最近うわさで聞いたんですけど、文芸部の中で書籍化するかもしれない作品を書いた人がいるって本当ですか?」
そばにいる女子がぴくっと身を震わせた。
「そんなうわさが流れてるんですね。知りませんでした」
江ノ島さんの顔には微笑が貼り付いている。
お世辞にも表情の偽装が上手とは言えない。俺は表向き体験入部をしているから、内に秘めた感情を抑えているに違いない。
この反応だけでも裏付けは取れたようなものだけど、確信を得るにはまだ足りない。
俺はさらなる情報を求めて口を開いた。
「そのうわさって本当のことなんですか?」
「えーっと……」
レンズ越しの瞳が俺から離れて、部長を担う男子に向けられる。
視線を追った先にある顔が微かにしかめられた。
「本当だよ。茂地って部員がネット小説を書いたんだけど、その作品がそれなりにポイントを獲得したんだ。まだ書籍化するかどうかまでは分からないけどね」
部長がおどけたように肩を上げ下げする。茂地って部員だなんて、部活仲間を呼ぶにはやたらと余所余所しい呼び方だ。
おどける余裕はあるみたいだし、まだまだいけそうだ。
「へえ、それはロマンのある話ですね。もしよければその作品を見せてもらえませんか?」
「ん……まあいいけど。江ノ島さん、君のパソコンで見せてやってくれないかな?」
「はい」
細い指がマウスのボタンをカチカチ鳴らした。液晶ディスプレイに新たなウィンドウが浮かび上がり、電子的な文字列がずらっと並ぶ。
キーボード入力を経てその小説が表示された。図書館で見た書籍と似たり寄ったりな、どこか既視感を覚えるタイトルが記されている。。
「仮にこの小説が書籍化することになったら大金星ですね。部誌に載せられますし、学校から表彰を受けたりとかするんじゃないですか?」
「かもしれないですね。本当にそうなるかは分からないですけど」
「仮にそうなった時って、表彰を受けるのはこの小説を書いた生徒の方なんですか? それとも文芸部自体が表彰されるんですか?」
「それはなってみないと分からないかな」
そりゃそうだ。学校のシステムを全部把握している生徒なんて稀だろう。俺だって生徒手帳に記された校則に目を通したことは一度もない。学校側が誰を対象にするか分からないし、もしかすると表彰自体をしない可能性もある。その時になってみなければ誰にも分からない。
「でもトラブルになりそうですね」
「トラブルって?」
「だって、その小説を書いたのは茂地さんなんでしょう? 周りは茂地さんだけを褒めるのが目に見えてますし。文芸部イコール茂地さんってことになりかねないですよね」
部室内が奇妙な沈黙で満たされた。
少し言い過ぎたか。そんな懸念が左胸の奥で鳴り響く鼓動に変わる。
「そんなことにはならないよ」
部長の発言が沈黙を破った。
「どうして言い切れるんですか?」
「だって、その小説は僕たち文芸部のものだからね」
俺は思わず首を傾げた。
「文芸部のものって、この小説は茂地さんが書いた作品ですよね?」
俺はパソコンの液晶画面に視線を落とす。
作者の文字の右側に記されている名前は茂地じゃない。おそらくこれは茂地さんのペンネームだ。小説が茂地さんの手によって綴られた証明だろう。
部長のうなずきが俺の問いを肯定した。
「確かにその作品を書いたのは茂地さんだ。でもその作品は文芸部のみんなで作ったようなものなんだよ。だからこれは文芸部の作品なんだ」
語る部長は、自分こそは正しいと言いたげに堂々としていた。
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