第10話
俺に文芸部との伝手はない。
依頼者から文芸部の現状について耳にしたものの、あれはあくまで茂地さんの視点だ。悪者を作る時に人はあることないことしゃべる。それは生身でもSNSでも変わらない。茂地さんを疑うわけじゃないけど、彼の発言をそのまま鵜呑みにはできない。
まずは人脈をたどってみることにした。クラスメイトから始まり、これまでに築いたつながりをたどって文芸部についての探りを入れた。
友人の交友関係に文芸部の部員がいた。俺はその伝手を使ってその部員に接触し、さりげなく茂地さんの作品について褒めてみた。
小説サイトは基本ポイント絶対主義だ。ポイントを多く獲得した作品ほど大勢の人に読まれ、読者がその作品にコメントとポイントを残す。
そうして高められたポイントがまた人を呼ぶ。流れに乗ればランキングに作品の名前が掲載される。
ランキングに載れば評価されるのは容易な一方で、ポイントを得ることができなければ優れた作品だろうと読まれない。作者同士でポイントを入れ合ったり、複数のアカウントを作って自分の小説を評価する行為が問題になったくらいだ。それだけポイントの数値がものを言う。
茂地さんの作品は評価を得た。
俺はその作品に目を通したことはない。内容についてあれこれ語ることはできないけど、ポイント制のおかげで褒める要素には困らない。笑顔を心掛けて当たり障りのない褒め方をした。
部員には露骨に嫌な顔をされた。あわよくばあれこれ聞き出そうと思っていたのに、不機嫌そうな声色で一方的に話を切られた。茂地さんの話題は彼らにとって触れられたくないことのようだ。
こうなってはらちが明かない。俺のことは部員から部員の口へと伝わるだろう。出合いがしらに嫌な顔をされては聞き出すこともままならない。
困った。八方塞がりだ。糖分でも取ればいい考えが浮かぶだろうか。
俺はそう考えて食堂に足を運んだ。自動販売機でカフェオレを購入し、差し込み口にストローを刺して
「今日は一人なのね」
凛とした響きの呼びかけを受けて振り向く。
想像通りの女子が俺の背後に立っている。相も変わらずきりっとした面持ちをして見下ろしている。
俺はストローを介してさらなるカフェオレを求めた。
「……何か言いなさいよ」
「カフェオレうま」
形のいい眉がぴくっと揺れる。
俺は苛立ちの気配を感じて口からストローを離した。
「よう
「知らないわよ。あと学校でその呼び方はやめてくれない?」
「今二人だからいいじゃん」
「まだ周りに人がいるでしょう? 聞いた人が誤解したらあることないこと吹聴されるじゃない」
「その時は素直に答えればいいだろ」
「聞いた人がそれを信じるかどうかは別問題よ」
ツンとした響きで断言されて、俺は苦々しく口角を上げた。
「今日はまた機嫌が悪そうだな。何かあったのか? 俺でよければ話聞くけど」
「結構よ。それで、蕪木はどうして一人なの?」
「一人で食堂に来たからだよ」
「珍しいわね。いつもあの二人といるのに」
「それは誤解だ。昼休みに退部代行の仕事をしたから、その流れで昼食を一緒に摂っただけだよ」
青風は別のクラス。藤川先輩に至っては上級生だ。二人にはそれぞれ友人もいる。わざわざ集まる約束を取り付けて昼食を取る意味がない。
「そうだったの。てっきり蕪木がどちらかを狙ってるのかと思ってた」
「もしそうなら狙ってる方だけを誘うだろ」
「狙いを絞らせないために、あえて二人を誘うこともありえるでしょう?」
「その考えは分からなくもないけど……いや待て、さっきから何の話をしてるんだ俺たちは」
「さあ?」
端正な顔立ちにしてやったりと言いたげな微笑が浮かぶ。
こいつめ、最初から俺をおちょくるために話しかけたな?
「いつもそうやって茶目っ気を出せば周りも寄り付きやすいだろうに」
ため息混じりに告げると涼乃がむっとした。
「何で私が周りのためにキャラを演じなきゃいけないのよ」
「演じる必要性までは説いてない。そうすれば穏やかな学校生活を送れるのにって話だ」
「誰がいつそんなものを望んでるって話したのかしら」
「違うのか? だったらどうして他人の素行に厳しくするんだよ」
「校則として定められているからに決まってるじゃない」
「校則の意義は秩序を守ることだろ。大して変わらないじゃないか」
ルールやマナーは、相手に不快な思いをさせないための概念だ。
ルールを守られる限りは一定の安全が保たれる。視界に入った
形のいい眉がひそめられた。
「さっきからああ言えばこう言う。蕪木は本当に変わらないわね。悩んでいるだから話を聞いてあげようと思ったのに」
意図せず目をしばたかせた。
「何だ、俺の悩みを聞くために声をかけてくれたのか?」
微かに息を呑む音が聞こえた。
涼乃がぷいっとそっぽを向く。
「そのつもりだったけど、もうその気は失せたわ」
「まあそう言わずにさ。ほら、椅子空いてるぞ」
右手で隣の椅子をぺしぺしする。
「私たちってそういうことする仲だった?」
「バスケ部に所属してた頃はよく談笑したじゃないか」
「昔の話でしょう。それにさっきその気は失せたって言った」
「実は文芸部の内情を探りたいんだけど」
「聞いてないのに語り出さないでよ」
「知りたいことを問いかけると嫌な顔をされるんだ」
桃色のくちびるから小さな嘆息がもれた。涼乃が歩み寄って隣の椅子に腰を下ろす。
「要するに、知りたいことがあるのに話を聞いてくれないから困ってるのね」
「そういうこと」
「じゃあ素知らぬ顔して潜り込んだら?」
「潜り込むって、文芸部にか?」
「他にどこがあるのよ」
「それはそうだけど、さすがにばれないかそれ」
「変装すればいいじゃない。今時イメチェンの道具なんてたくさんあるわよ? 交流のない相手なら眼鏡かけて髪型変えれば十分騙せるわ」
「そういうものか」
スパイ映画ならともかく、部活動に潜入なんて話は聞いたことがない。
面白い発想だ。騙せるか否かは関係なくやってみたい。
心がすっと軽くなって口角が浮き上がった。
「ありがとう、参考になった。お礼にジュースでも奢ろうか?」
「いいわよそんなの」
「遠慮しなくてもいいぞ?」
「じゃあバスケ部に戻ってよ」
請うような視線を向けられて、喉元に何か詰まったような感覚に襲われる。
俺は返答の代わりに椅子から腰を上げた。
「俺のバスケは終わったんだよ。アドバイスありがとな」
涼乃に背を向けて食堂の出口を目指す。
後方から呼び止める声は上がらなかった。
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