第7話


 竹田さんの依頼を跳ねのけた翌日の昼休み。俺は図書館に足を運んだ。


 依頼者がどのタイミングで部室を訪れるか分からない。場合によっては部活が終わった後に接触がある。放課後は部室から離れられない。


 時間を潰すならスマートフォンや問題集があるものの、さすがにそろそろ飽きてきた。


 たまには紙の本もいいだろうと思って立ち寄ってみたが、やはり図書室には独特の雰囲気がある。


 点在する人影が手元の活字とにらめっこしている。友人と話す声は恥じるように抑えめだ。賢者の隠れ家じみた特別感が知的な空間を演出している。


 俺も知的体験を得るために図書室の奧へと歩を進める。棚に並ぶ背表紙を視線でなぞり、興味惹かれるタイトルを探す。


 視界の隅に人影が映って、本の背表紙から視線を外した。


 振り向いた先で見知った顔が映る。


「こんにちは蕪木君」

「こんにちは。藤川先輩も本を探しにここへ?」

「うん。部室で依頼者を待つ間に何か読もうかと思って」

「俺と同じですね。先輩のお勧めってあります?」

「うーん、そうだなぁ」


 藤川先輩が靴裏を浮かせた。数回床を踏み鳴らして本棚の前を歩いて足を止める。細い指が棚から一冊の本を抜き取った。


「これなんかどう?」

「心理学の本はちょっと」

「そう? 退部代行の仕事の助けになると思ったんだけど」

「もっとライトなやつでいいですよ」

「ライトか。じゃあね……」


 すらっとした脚が歩みを再開した。別の棚の前まで足を運んで腕を伸ばす。


「これなんかどう? 『強靭無敵最強の俺』」

「すごいタイトルですね。どこにあったんですかこれ」

「ファンタジーの棚だよ。男の子って最強って響きが好きなんだよね?」

「人によるんじゃないですか?」


 俺は藤川先輩から本を受け取り、表紙をひっくり返して作家の情報に視線を落とす。

 

 名前はコロンビア伊藤。タイトルだけじゃなくて作家名も弾けている。


「似たようなのは他にもあるよ? そして俺は最強になった、全人類でスマートフォンを使えるのは俺だけ、ダンジョンで金塊を掘り当てた俺は世界の支配者に――」

「待った待った! そんな大声で読み上げないで恥ずかしいから!」

 

 声を抑えて抗議しつつ周囲を視線で薙ぐ。


 人影はない。ほっと一息突いて藤川先輩に向き直る。


「刺激的なタイトルばかりですけど、これ本当に売れてるんですか?」

「売れてるみたいだよ? 物によっては数百万部発行されてるみたいだし、アニメ化したのも一本や二本じゃないみたい」

「わりと詳しいですね」


 意外だ。藤川先輩は青春小説のページをめくってそうなイメージがあった。俺の中で先輩の人物像が更新される。


「ちなみに先輩が呼んだ本のタイトルは何ですか?」

「読んだことはないよ。文芸部の友達から聞いただけだから、私が知ってるのは小説サイトに載ってる作品が本になったってことくらいかな」

「小説サイトって何ですか?」

「物語を書きたい人が自由に書けるサイトだよ」

「そんなサイトがあるんですか。夢みたいな話ですね」


 趣味で物語を綴って、出版者の目にとまれば本になって億を儲ける。さぞ人が集まることだろう。何らかの賞を取ったプロがファンを連れて流入してくることは想像に難くない。


「本当に夢があるよね。競争率はすごいみたいだけど、多くの指示が集まれば学生でも作家になれるみたいだし。時差氏文芸部はその手のサイトで活動してる。部員の中で作家が出る日もそう遠くないかもね」


 迫る靴音を耳にして雑談を切り上げた。先輩の本選びを手伝ってカウンター前に足を運ぶ。


 結局本を借りずに図書室を後にした。

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退部代行 原滝 飛沫 @white10

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