第10話

静かにそっと会場に明かりが点く。

「親父、

あいつが作った映画を最後に流すなんてな」

 映写機を回し終えた白髪の男性はつぶやく。

 御年七十六歳になった渡部が部屋にこもった湿気で垂れた汗をタオルで拭う。

満員御礼の客席には人々が溢れかえり、

立ち見客もいるほどだった。

大拍手の喝采の渦が会場を沸かせる。

客席内の真ん中最前列には深く座り込み

手を前に組む白い髭が威厳と

目立つ男性がスクリーンを見ていた。

すると場内アナウンスが流れる。

『いかがでしたか、

泉清正監督最後の作品「ジュブナイル」』、

 聞き覚えのあるその声は

張りのある年老いた相沢の声だった。

『ここ、えにし座はこの作品をもって

閉館致します。

最後に四代目館長渡部慎一郎から挨拶です。』

 と会場後ろの扉から

渡部が急ぎ足で登場する。

会場には歓喜に溢れた声が籠る。

階段を降りスクリーンの真ん中に立つ。

白い髭の男性とも目が合う。

あ、あ、とマイクチェックをし渡部は声を出す。

「ええ、皆様こんにちは。

紹介にありました渡部慎一郎です。

四代と続いたこの劇場も

とうとう幕を下ろす時がやってきました」

 会場では寂しい、

まだ続けてくれとの声が四方八方に飛び交う。

「そう言ってくれてありがたいです」

 とまあまあと歓声を抑えるように

片手にマイクを持ったまま、

両手を二回ほど振り下ろした。

「まあ僕の話は聞いても意味ないでしょ?」

 となぜか突然話したがるのを止める渡部。

なんで?と聞きたいなどとその声はさまざま。

「ね、キヨちゃん」

 と前方にいる先ほどの男性に声をかける。

少しうれしそうな笑みを

浮かべながらも首を振る。

「世界的な監督の話聞きたいでしょ?

世界の清正」

 とあおるように話す。

そう、この男は泉清正である。

泉は今までに50本以上の作品を作り、

幾度と賞を獲っていた。

代表作は『幾星霜』『名残』。

命の有難さを伝える『食生』という作品も

作った、立派な映画監督になっていた。

あと『クマ!クマ!クマ!』

 はいほらよと座っていた泉にマイクを渡す。

少し嫌がりながらもマイクを

受け取り立ち上がった。

「皆様どうも、わたくし最期の作品。この映画を見に来てくださりありがとうございます。

泉清正です。幼いころの私が撮った映像です。

何度か自分も酔ってしまいましたけれども」

会場に笑いが起きる。少し泉も笑う。

「ドキュメンタリー映画みたい

だったでしょう。人生もあと残り少ないし、

映画も撮れなくなるかもしれない、そう思い、物置にあった自分で最初に買った

カメラを軸にこれを作ろうと思いました」

 泉は重度の末期がんを患っており、

立つことさえも難しいと言われていたが、

多少のふらつきはあるものの

しっかりとした佇まいをしていた。

 マイクをもう一度持ち直し客席を見る。

「この映画に出てきた

小仏と森屋、は実在しました」

 と途切れ途切れになる。

観客は真剣な表情で泉を見る。

「二十三歳の時に交通事故で二人とも。

車ごと崖に」

 会場が一気にムードを変える。

「幼いころからの仲間内、

どうして自分だけが生き残ったのか、

悔しくて悔しくて。

秋山さんの訃報もこの目で確認しました」

 涙を浮かべる者も。力を振り絞る。

「もし、もしふたりではなく

自分が死んでいた世界線があったらと、

供養の意を込めて作りました。

彼らの口癖であった俺の

映画を作ってくれよと」

 咳き込む泉、大丈夫かと

止めようとする渡部、それを手で払う。

振り絞った声で、

「何気ない日常こそワンシーンに刻まれる」

 と言い残しその場で倒れこんだ。

会場は慌てる声で

包まれたがすぐに止んだらしい。

 その時、渡部は今度こそ

森屋に殴り返されるだろうなと思った。

 病院に運ばれたがもう遅かった。

その場で泉清正は人生の幕を下ろした。

担当医師の名札には冴島と書かれていた。

 

最近の話でいうと、

この近くの山で二メートル

四十センチのクマがおじさんに

猟銃で撃たれて死んだらしい。

そのおじさんは海外から越してきて、

というか、山の屋敷に住んでるらしい?

まあそのおじさんが

一人でやっつけたんだって。すごいよね。

 とメッセージを送信した少年。

きちっとした正装で

スマートフォンらしきものを持っている。

通知が来たらしくまた文章を打っている。

 引っ越しとサッカーと大忙しだよ、

今からおじいちゃんのお葬式だし と。 

 その日は皮肉にも雨予報だった。

この街の誰かが偏頭痛を訴えていた。

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ラストシネマ 雛形 絢尊 @kensonhina

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