第6話


 そう告げてからの始まりだった。

自分も小仏も先ほどより

真剣にスクリーンを見る。

 おそらく秋であろう葉の色に

閑散とした山の中が映る。

「あ、来ました」

 とカメラの先には帽子を深くかぶった

五、六十代の男性が

こちらに向かって寄ってくる。

「来るな!」

 と言っても足を止めずにやってくる。

すかさずに逃げ出す泉。

田村芳雄?なのかこの男性はと頭に浮かぶ。

「ちょっと待ってくれや」

 と言う男性、必死な息遣いで逃げる。

「お腹、すいてないか?」

 以外にも誘拐犯はいい人だった。

 

 男性はにっこり笑みを浮かべ、

こちらへ近づいてくる。

「良かったらご飯食べていかないかい?」

「知らない人に

ついて行っちゃだめだと言われました」

「そうだよね、おじさん知らない人だよね」

「はい」

 などと交わしたうえ男性は言った。

「もしよかったらあの家見えるかな?

あそこでご飯を作っているんだ、後でおいで」

 と言い残し、山の上の方に

向かって歩き出した。

背後にはリュックサックを背負って。

 男性が聞こえるか

聞こえないかくらいの距離で泉は言った。

「山奥で誘拐事件があったことを知って

確かめに来ました、そしたら犯人と

鉢合わせしてしまいました。僕は無事です。 

この山奥でどれほどの人が

犠牲になったのでしょうか。

僕は招待されています。あの屋敷に。

)咳払いをして)僕は確かめに行きます。

何かがあったらこの映像を見てください」

 と明らかにおびえた表情で言う。

ザッ、ザッと足元が鳴り、男の後を追う。

「これはすごい映像になりそうだ」 

 そう言いながら勇敢に

立ち向かう姿は少し格好良かった。 

 その途端、獣が荒く叫ぶ声がして

ギョッとした。

苦しそうな声だった。

「これはやばいやつだ」

 と腰を抜かしそうになった。

 恐る恐るその声のした方向へ向かう。

一体何があったのか。

 どうやら下の方から鳴き声がする。

そこには一頭のイノシシが罠にかかっていた。

生まれて初めての野生のイノシシは

何とも凶暴で可哀想だった。

カメラがズームでイノシシの暴れる姿を映す。

足にしっかりと固定された

ワイヤーで身動きが取れない。

「イノシシが罠にかかっています」

 そう言った後に背後から声が聞こえた。

「せっかくだし見て行くか?」

と先ほどの男性が保定具を持って歩いてきた。

さながら地球防衛軍。

そんなようなものだった。


 え?とつぶやき唖然としている。

 急な斜面を降りていく男性、

それを追いながらカメラを映す。

 そっとにらみつけるイノシシと息を合わせ、

保定具をイノシシの鼻のあたりに

構えて息を整える。

イノシシは今にでも突進してきそうだ。

「おじさん気を付けてよ」

 と声をかける。

「少し黙ってな」

 と返ってくる。

一瞬、目を閉じたその途端に保定具を突き出す。

すると上あごから鼻にかけ

ワイヤーがキュッとかかった。

完全に固定され、暴れ狂うイノシシ。

すげえと息を漏らし、感心する。

地面に垂らした長い長いロープを

しっかりつかんで引っ張る。

息苦しそうなワイヤーの音が響く。

イノシシは後ろ方向へ逃げようとする。

そばにあった頑丈な木に

ロープを縛り付けて固定する。

男性は息を漏らし、踏んばる。

「こうして、命をいただいているんだよ」

 と男性は言う。

「おじさん凄いね」

「こうやっていただいた命を、

君たちのような子供たちに知ってもらいたい、

そうやって日々過ごしているんだ」

グッともう片方のワイヤーを引っ張り、

ちょうど反対にある木に括り付け結ぶ。

恐らく四十五度、イノシシを支点。

「あんた誘拐犯じゃなかったのかよ」

 そういうと笑いながら言う。

「そんな呼び方をされていたのか」

 荒い息を整えながら笑う。

イノシシは最後の力を振り絞っている。

カメラを持つ手はかすかに震えている。

双方にピンと張ったワイヤー。

男性は弱ったイノシシにまたがり、

ロープできつく結ぶ。

 言葉を失ったのはこの時からだった。

 ガムテープで目をふさぐ。

ぎりぎりとガムテープの音がする。

前両脚を結ぶ。

ぎゅっと締め付けて。

完全に弱ってきたイノシシは

されるがままだった。

続いて後ろ脚も両脚同じようにきつく締める。

動けないままのイノシシは

ハアハアと鼻で呼吸をしている。

 最後に前脚と後ろ脚を結びつける。

 力を使い果たしたのは

男性の方も同じだった。

深い息をつき、下の方を向く。

「いただきます。ありがとうございます」

 と見えない誰かにお礼を言っていた。

恐らく、山の神様にであろう。

 縛った両脚を片手で持ち、

これを持ってくれないかと保定具を指す。

片手で保定具を持った。

 ずっと黙っていた。その時男性が言った。

「この辺はクマも出るからな、

出会ったときはあおむけに

死んだふりをするんだ。


実際、それで助かった

人間がここにいるからな」

 はあと言い、気になった質問を投げかける。

「おじさん、田村芳雄?」

「秋山賢三」

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