第4話

用を済ませ男性はこちらへ戻ってくる。

「すまないね」

 とんでもないと首を少し振り応える。

またも男性は腰を掛ける。

「どうしてか、彼を見ていると

昔の自分を思い出してくるんですよ」

 男性が言う。

「田舎の映画好き少年、そんなようなもの

ですかね。何をしているときも自分が

主人公でいたい。そう思わせてくれました。

実際私もそんなような

少年時代を過ごしていたので」

 先ほどより笑みがこぼれる男性を

見ているとこちらまで嬉しくなる。

よく思い出せば確かに

映画少年だったなと思う。

サッカーよりも断然映画を好んでいただろう。

 試合の際も合宿の際もカメラを

持ち運んでいた。

 背後に誰かいると思い、後ろを向く。

「どうぞ」

 分厚いマグカップに湯気が立つ。

それを目の前の机に置こうとする男性。

 会釈をする時、ちょうど目が合った。

見覚えのある顔だ。

「随分久しぶりだな」

 そう言う男は確か中学の頃、

言い争いから喧嘩に発展したほど、

自分とは仲の悪い渡部がいた。

何が原因かは忘れてしまったが。

えにし座の息子であることもたった今知った。

 小仏も反応し、「おお、久しぶり」と

声を漏らす。

「初めて知ったわ、

えにし座の息子だったのか」

 と自分が言い、そうだと頷く。

「中学の頃、仲悪かったから

関わらなかったよな、そんなに」

 と渡部が言う。

「そう言えば、お前いきなり殴ってきただろ」

 と思い出すように言った。

あははと笑う渡部。

「殴らせろ」とは言った。

「何が原因だったんかな」

 と小仏に続いて渡部もそうだなと言う。

「出す顔もなかったから、

葬式にも行けなかったんだ」

 ひとつ疑問が浮かび上がる。

どうして小仏は渡部の居場所を

分かっていたのかを。

まあいいやと深く腰を掛ける。

 少しの沈黙を破り、

「清正、もったいないよな、まったく」

 と小仏の前にマグカップを

置いたあたりで渡部が言う。

「俺、内心、彼奴が羨ましかったんだよ。

夢にひたむきな姿勢やら。すげえよな」

 自分自身もそう思う瞬間が幾度とあった。

 夢なんてない自分からすると

そのまっすぐな目が羨ましかった。

「あの時はひどいこと

言ったりしてごめんな」 

 と突然、渡部が謝りこちらも謝る。

 ふいになんだか笑えてきて

その頃が報われた様な気がした。

「そのカメラ、どうしたの」

 と渡部が尋ね、持ち上げるしぐさをする。

「あいつの、なんだよな」

 貸してみ、と渡部にカメラを手渡す。

「この形良いじゃんか」

 とカメラを見回す。父親もうなずいている。

「中身は・・?」

と訊いてきたので、確認していないといった。

中身を確認したいようで少しの間、

渡部にカメラを渡した。

 息子を目で追いかけた父親はふと零した。

「仲直りしたみたいだな、良かった」

 そうですねと言い、軽くうなずく。

「この映画館もそろそろ締めようかと思って」

 突然重たい口を開いた父親は

悲しそうにこちらを見た。

一気に衝撃が走る。

「もう三、四十年もこの場所を守ってきた。

あたりは老朽化も進み、

人も少なくなってきた。

一週間で三十人入ればいいものだ。

息子にも継がせるわけにはね、こんな状況で」

 口を開いたのは小仏の方だった。

「そんなの随分寂しいことですよ」

「清正君も亡くなった、それと

同時に閉館してもいいと私は思っているんだ」

「清正が悲しみますよ」

 とつぶやいてしまった。

「今の時代、こんな映画館は

在ってもなくても変わらないよ何も」

 どんどん自分を責め立てるように言う。

 奥の方から渡部がこちらに

来るように催促をする。

小仏と自分はソファーから

立ち上がりそちらへ向かう。

後ろの父親の方を振り返ると、

行けと言っているように首を動かした。

「壊れているかと思ったけど、

ちゃんと残ってたよ。

一番最初の映像、今から十一年前だって」

 と前を歩く渡部が言う。

向かった場所はやけに開けた大劇場。

「俺は裏で回しておくから見て行ってよ」

なかなかにいいやつだと確信した。

もっと早くに気づいていればよかった。

まだ明るめな照明に目の前の大きなスクリーン。

確か三人で見に行ったあの日と同じだろう

真ん中の真ん中の席に並んで腰を掛ける。

「あいつの生涯が詰まっていたよしっかり」

 と渡部が少し手を振る。

そうして立ち去って行った。

「あんなにいい奴だったんだな」

 と小仏が言い、な、と答える。

「ひょっとして知っていたのか?

渡部がいいやつだったと」

と尋ねると少し誤魔化したようにうんと言う。

「あの時の喧嘩も確か清正にかかわる

喧嘩だったような気がするわ」

「なんだかんだあいつが

トラブルメーカーだったりするかもな」

「そうだな」 

 と言い、くしゃっと二人は笑う。

突然場内アナウンスが流れだした。

『泉清正、享年二三歳。実を言うと彼とは大きな約束をしていた。どちらが先に傑作と呼ばれる映画を作るか。その夢は叶うことはなかった俺も映画を撮る夢なんぞ諦めてしまった。

だからこそ羨ましかった。夢を追う姿が』 

 そんな話、

一切と言ってもいいほど知らなかった。

『二人だけの内緒だったからな、多分二人とも知らなかっただろう。あいつの人生に刻むことができてよかった。これでようやく完成する』

 少し違和感を覚えたが、

そんなには気にならなかった。

『では上映いたします。泉清正の人生』

 徐々にあたりが薄暗くなり

完全に暗闇に包まれた。

スクリーンが少しずつ焦点を合わせる。

映画が始まる。

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