File 3 : 奥山健 6

 続いて久我山達は、高層ビルが立ち並び高速道路が交差する場所にある浜崎署へと移動した。


 久我山と竹下が受付職員に警察手帳を見せ署長に面会だと告げると、受付職員はお待ちしておりました、とでも言うように軽く頷いた。


 久我山と竹下のオーラに驚きもせず、一瞬も怯まない受付職員が署長の磯部に連絡を取ると、磯部は間髪をいれずにやって来た。


(俺達が来ることを、知ってた…?)


 ニコニコと満面の笑みを浮かべ、磯部は片手を差し出した。


(…やけに馴れ馴れしいじゃないか)


 片手を取ったまま久我山に一歩近づいて、磯部は和かに挨拶をした。


「これは、これは…!

 久我山警視正、今日はどんなご用件で?ご連絡頂ければこちらから伺いましたのに…」


 久我山はまた、大して申し訳ないと思っていないのに、磯部署長に言った。


「急に来て申し訳ないです。

 近くまで所用があって来たものですからね、寄らせてもらいました」


「ほう…」


「依頼されている集団自殺事件の件で、他の死亡者のデータを見たいと思いましてね。担当者を呼んでください。時間は取らせません」


 柔らかな言葉尻とは反対に、久我山のオーラがピシピシと音を立てた…と隣にいた竹下は感じた。


 署長は2人を応接室に案内すると、すぐ電話で担当刑事にファイルを持って来させた。


 息を切らせてファイルを持って来た若い刑事に、久我山は表情も変えずに聞いた。


「君、名前は?」


 直立不動で、間中浩二です、と答えた刑事に久我原は笑いかけた。


「集団自殺の経緯について教えて欲しい。あの氏名不明男の身元割り出しに繋がる手がかりが何かないかと思ってね」


 はいっ、わかりました!と緊張して間中は話し始めた。


「担当は私の上司に当たる角田警部なのですが、今は所用で出ております。

 代わりと言ってはなんですが、私も捜査に加わっておりましたので説明致します」


 真中はパラパラとファイルをめくり、チロチロと磯部の方を見た。


「え〜っと、○月○日、110番通報があったのが最初です。住んでるアパートの隣室のドアが開いていて、中で人が何人か倒れているみたいだ、ということでした」


 直ちに最寄りの交番勤務の巡査が急行し、その部屋で8人男女が横たわっているのを発見。救急が到着した時に7人の死亡が確認された。

 

 ファイルを見ながらそこまで話した間中刑事は大きく息を吸い、他にもお聞きになりたい事は?という風情で久我山を見た。


(…こいつ、パシリなのか?何にも分かってない奴をここに呼んだって事だな)


 久我山はそんな事を思っているとは顔には出さず、間中に質問を続けた。


「なるほど…。

 では、発見した時の部屋の様子を教えていただけますかね?」


 はいっ!と元気よく返事をした間中は、またパラパラとファイルのページをめくった。


「え〜っ。部屋の中には何もなくて、目立つ所に『皆で逝きます』と書いた紙がありました」


「部屋を借りていたのはだれですか?」


「えぇっと、空き部屋だとアパートのオーナーが言っておりました」


「発見時、あの男に何か変わった所はありませんでしたか?」


 そう聞かれた間中刑事は、チラリと署長の顔を見た。


「実は、あの男だけ嘔吐していたんです。尿便失禁もしていまして…」


(…なるほど。奥山健は体調を崩していて、飲まされた毒を全部嘔吐したのか…)


「それでは、第一発見者はどんな方でしたか?」


「同じアパートに住む男です。一応、身元なども調べてありますが、不審な点はありませんでした」

 

「意識のないあの男を、私達の特殊捜査研究所で調べるとというのは誰の考えだったのでしょう?

 いえね、私達の事をよく思い出してくださったな、と嬉しかったものですから。割と暇な所なので」


 間中はまた署長のの顔をちろりと見て言った。


「自分の上司の角田が特殊捜査研究所に依頼をしたいといいまして、署長も承諾してくださったんです」


「なるほど…。

 私達を頼ってくださってありがとう。間中刑事、これからも職務に励んでください。

 署長さんにも時間を割いていただき、ありがとうございました。

 必要事項はほぼ確認できました」


 にこりと笑った久我山は立ち上がり、帰り支度を始めた。


「さあ、竹下、帰るぞ」


 久我山と竹下が署長に連れられて玄関口に行くと、署長以下数名が並んでタクシーを見送った。

  

 タクシーが角を曲がり警察署が見えなくなると、竹下がネクタイを緩めて大きなため息をついた。

 

「久我山警視正。疲れました…」


 久我山はさらさらとメモ書きをして竹下に渡した。


 井上副総監にアポ なるべく早く


 表情を引き締めた竹下はスマホを取り出して、あちこちに連絡を取り始めた。




 久我山は訪ねた2つの所轄署にプレッシャーをかけて反応を見るつもりだった。


 SDカードの存在を知っている誰かが全てを指図しているはずで、それはたぶんあの大物2人だろうとは想像がつく。


 与党の大御所、立山誠

 全日本弁護士組合の会長、伊丹健四郎


(これから何がどう動くのか…、見てやろうじゃないか!) 


 久我山はタクシーの窓から外を見て、密かに闘志を燃やしたのだった。



 早速、警視庁副総監の秘書官、山之上麻耶から久我山に連絡があり、明日の夕方に副総監がお会いになるそうです、という。


 久我山が副総監指定の場所に行くと、そこは普通の焼き鳥屋で、煙がもうもうと立ち込めていた。


 久我山が着いた時には、井上副総監はもう酒を飲んでニコニコとしていて、小さな声で久我山に言った。


「すまないね。立場上SPがついて来てるけど気にしないで。久しぶりなんだから、飲もうじゃないか、久我山君!」


 井上副総監は久我山のコップにドボドボと日本酒を注ぎ、自分のコップにも溢れそうになるまで注いだ。


「元気にしてたかい?

 君のご両親の事件から、もう20年経ったね。お母さんはどう?変わらないのかな?」


 副総監の問いに久我山は、ええ、まあ…と軽く流した。


「まあ、その話はまたにしようか。今日は私に聞きたい事があるんだろう?」


 辺りを見回す久我山を見て副総監は唇を片方だけ上げた。


「こういう所の方がね、内緒話には向いてるんだよ。おじさんばっかりで目立たない。

 …で、何が聞きたい?」


 久我山は単刀直入に話した。


「山本興業の奥山健を所轄署から本庁に移すのに、副総監の名前を語った者がいました」


 井上副総監はふむと顎を手で持ち、少し考えた。


「騙ってはいないよ。私の指示だ」


「えっ?」


「…でも誰から依頼されたのかは言えないな。それくらい偉い人の頼み、って事だよ」


「奥山健は本庁に移る前から体調が悪かったのに無理やり連れていかれたと聞きました。それっきり所轄には戻っていません。

 それどころか、集団自殺に巻き込まれ、意識不明でウチの研究所に運び込まれまし「…おい!待て。何を言ってる?」」


 副総監はぐわっと眼を見開いた。


「奥山健が集団自殺だと?ありえん!

 何が起きたのか、詳しく話せ!」


 全てを話した久我山に、井上副総監は苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「しばらく時間をくれ、こちらでも調べて連絡する。時間はかかっても必ず連絡する。

 早まった事はするな」


 最後に日本酒をクイっと飲み干した井上副総監は、一万円札をポンとテーブルに置いた。


「君はもう少し好きなものを食べるといい。疲れた顔をしてるよ」


 そう言い残してSPと共に消えて行った。




 それから5日経って、奥山健が亡くなったと知らせが入った。意識は戻ることなく警察病院で心不全を起こし亡くなった。


 久我山と竹下は急いで病院に駆けつけた。


(無念だったろう。すまない。君が生きている間に決着をつけられなかった…。でも、俺はやるよ。見ていてほしい)


 久我山は奥山健の白っぽい顔を見ながら事件の解決を誓った。



 奥山健には厳重な警備をつけてはいたが、殺された可能性はある…そう久我山は思ったが事件性を立証する事は出来なかった。司法解剖の結果、事件性なしと判断されたためだ。


(どこかに奥山健が隠したと言っていたSDカードが見つかりさえすれば…)


 久我山は特殊捜査研究所で撮った奥山健の証言映像を何度も繰り返して見たが、何も手掛かりは見つける事はできなかった。


(くそっ!俺は諦めないからな。

 上の奴らはこんな事ばかり繰り返しやがって…。

 俺はもっと力をつけて上に行く。

 行ってお前らを…!)




 File 3 The investigation is ongoing

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特殊捜査研究所 ゆきおんな @yukionnanotameiki

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