File 3 : 奥山健 1

 横山薫の件から少し経って、特殊詐欺グループが検挙されたとの報告書が久我山の元にも上がってきた。


 横山薫の記憶の中に出てきた、あのSDカードの内容を使っての摘発だったと久我山は思った。


(多分、内容は都合のいい様に書き換えてあったんだろうよ。

 なんたって与党の重鎮、立山誠、弁護士会の大御所、伊丹健四郎が関わってんだから…)



 しばらく報告書を睨みつけていた久我山は、報告書に記載されているに担当警視正の名前を見て、ふ〜ん、面白いなぁ、と呟いた。


 山城正人


 久我山の出世のスピードは目を見張るものがあるが、それよりも山城正人の出世は早い。なにしろ、警視庁始まって以来の秀才と言われている男なのだ。


 検挙のニュースはまだマスコミには秘されていて、発表は午後になるという。


(会うなら早いほうがいい…。マスコミに騒がれて隠蔽工作が酷くなる前に)


 久我山は郊外にある特殊捜査研究所を出て警視庁へとやって来た。もちろん、山城正人に会うためだ。


 いつもの着古したスーツではなく警視正らしく身なりを整えた細身の久我山は、案内も請わずに1人で山城の部屋を訪ねた。


 久我山と山城正人

 親しく話したことはないが、知らない仲ではない。数少ない警視庁の幹部同士、仲良しではないが顔ぐらいはお互いに知っている。


 まさか門前払いをされたりはしないだろう。


 久我山は軽く考えて、山城正人の部屋の前に立った。


 こんこんこん…


 ノックの音からかなり遅れて、どうぞというバリトンボイスが響いた。

 

「失礼する」


 久我山はそう言って部屋の中に入った。


 部屋の中は装飾が何もなく、デスクの上にはネームプレートがあるだけだった。


 突然やって来た久我山を山城正人は穏やかな顔で迎えた。


「何のご用ですか?」


 椅子に座ってくださいとも言われず、久我山は山城正人の前に立つことになり、ちょっとイラッとした。


(同じ階級で、しかも自分の方が若干年上のはずだぞ。これじゃ、なんだか目下の扱いじゃないか)


 腹立たしかった。


 だが久我山は顔色も変えなかった。イラつきが顔に出たら負けになるような気がしたからだった。


「山城風子の件ですよ」


 久我山は躊躇わず、ストレートに話した。



「指名手配中の山城風子と思われる老女が亡くなりましてね。捜査中に亡くなったんですが、山城君、何かご存知ないですかね?

 今回の特殊詐欺摘発は、山城風子と繋がりがあるんじゃないかと私は思うんですけど?」


「ほう…」


 山城は手にしていた印刷物を閉じ、面白いものに気が付いたように眼を細めて久我山を見た。


「山城風子…ね。

 確かに私は山城という苗字です。そして、山城風子は祖父の従姉妹であるというのも事実ですね。

 でも、私は山城風子という指名手配犯に会った事もありません。警視庁に入庁する時も、なんの問題も無かったはずです。

 それを今更、何か知ってるかと言われましてもね。

 …知りませんよ」


「では、SDカードの情報…といえばわかりますかね?私達はそっちの方の事件も調べていて、SDカードの行方を探してるんです。

 部下の刑事がここに来ても山城君の相手にならないでしょうからね。私が会いに来たんですよ」


 ニヤッと笑った久我山に山城は何の反応も示さない。


「SDカード?なんのことやら…

 大体、捜査情報など極秘だとわかってるでしょう?

 さあ、帰ってください」


 私も忙しいのでと久我山は追い出された。


(あいつは何か知ってる。だから、わざと俺を見下す様な態度をとってやがる。

 くそっ!負けてんじゃねえ!)


 久我山のやる気に火がついてしまった。





     ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 




 久我山が山城正人を訪ねてからしばらくしたある日、特殊捜査研究所に捜査の依頼が来た。

 

 今回は若い男女8人の集団自殺と思われる事案だ。その中で1人だけ生き残り、意識不明になっている男が対象だ。


 8人は身分を証明する物は何も持っていないために、どこの誰なのかさっぱりわからない。


 集団自殺と思われる唯一の手がかりは『皆で逝きます』と書いた紙が目立つ所にあった、というだけの事。実際の所、集団自殺なのかもわからない。


 男は昏睡状態が続いているが、医師の話では脳の損傷もなく目覚めない理由がわからないということらしい。


 身元を割り出し事件性の有無を明らかにしたい、というのが捜査の依頼内容だった。


 所轄署での捜査記録のコピーをパラパラとめくり、発見当時の8人の状況を確認する。


(なんでこんな簡単に死のうとするのだろうなぁ)


 久我山は軽く頭を振り、捜査資料をポンとデスクの上に置いた。





 特殊捜査研究所の捜査室に運び込まれた男は若かった。20代半ばで、少しやつれた様に見えるのは事件の影響だろうか…。細身身体で整った顔立ちをしていた。


 'インネル' の準備をしていると、開発主任の田代が取調室にやって来た。


「久我山君。見学させてね。

 副総監には許可を取ってもらってるよ。機材の調整…ってことでね。

 出来る所から少しづつ改良、じゃなくて調整しようじゃないのさ」


 田代は、取調べの対象者が事実を隠す、という点を改良しようとしているらしい。


 久我山の顔を見て、ひひひ…と笑う田代は頼もしい。

 久我山は田代に頷いて、ニタッと笑った。




 取調室の照明が落とされて取り調べが始まり、ゆっくりと男の記憶が映像となっていく。


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