File 3 : 奥山健 2

 どこからか男性の声が聞こえる…。


「だ、だれですか?

 すみません、誰かそばにいるのですか?

 どなたでもいいです。僕を助けて!お願いです。た、たすけて!助けてください!」


「落ち着いてください。私達はあなたを保護しています。今、あなたの身に危険は迫っていません」


「そ、そうなんですか…。よかった」


 男性の声がまた聞こえた。 


「まず、お名前を教えてください」


「奥山健です…けど」


「私は特殊捜査研究所の久我山警視正です。あなたの事件の捜査を任されています」


「はい…。えっ?事件…。あ、あの…あれを?あれを本当に調べてもらえるのですか?」


「はい、そ「ほんとうに?」うです」


「大丈夫です。

 とりあえず、捜査の説明をします。

 今からあなたに行う捜査方法は最新の科学捜査で、あなたの記憶から事件の真相を調べます。

 記憶の中から見た事と聞いた事、つまり事実のみを証拠として捜査に使います。あなたがこれから '話す言葉 ' も全て記録されます。

 これは裁判所で認められている正式な捜査である事をお知らせしておきます。

 嘘は吐こうとしてもつけません。いいですね?」


「はい、僕は嘘なんかつかないです」


「わかりました。それでは、今回の事件に関するあなたの記憶を見ていきます。今回の事件の始まりだとあなたが認識している所から記憶が始まります。では…」


 えっ?

 何がどうなってるんだ?

 ちょ、ちょっと待って!


 久我山という人からの返事はないかった。





     ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 





 あぁ〜、またか!


 スマホのメールには ' 残念ながら…' の文字。これで何社目だろう。何が悪いのか、もう全くわからない。


 大学の仲間も内定をもらった奴が増えてきたのに、大きく出遅れてしまった。


 僕はトボトボと歩いてバイト先に向かった。実家でも色々とあるからバイトはやめられない。


 僕のバイト先は老人介護施設 'ウェルネス アンド ハッピー ライフ' という所。


 大学生活の最初の頃に介護職員初任者研修を受けて資格を取った。今となっては資格を取った自分を褒めたい。この資格のおかげで、いいバイトを続ける事ができたのだから。


 介護職員としてもう3年ほど働いている僕は職員や入所者さんにも可愛がってもらえている。ウチで正社員になってみないかいと施設長さんに言われていて、それもアリかなと最近思うようになった。


 僕は大学の経営情報学部で学んでいて、色々な知識を身につけていた。だから、就職には有利だと思っていたけれど、甘かった。


 余り明るい性格ではないし、真面目すぎるのが就活に影響しているのかもしれない。

 

 もう、どこでもいいや。

 どうせ、どこからも採用してもらえないんだから…。だったら慣れているこの介護施設で働いて、もっと上の資格も取ろうかな。


 なんて思ったりもした。諦めの気持ちが強くなっていったんだ。




 ところがある日、バイト先の親会社から連絡をもらった。専務さんから直々にメールをいただいたんだ。

 

『あなたの事を施設長から聞きました。経営情報学部で学ばれたそうですね。

 私達は小さな会社ですが、あなたの様な方と一緒に仕事ができればと考えています。

 一度、面接ではなく気楽に会いませんか?会社について説明させてください』


 就活を通して、こんなメールは初めて受け取った。嬉しかった。


 待ち合わせのファミレスには、介護施設の施設長さんも来てくださった。


「私が一緒に行ってもいいかな?健ちゃんの事が心配なんだよ。過保護なおっさんだと思ってくれていいからさ」


 施設長さんはそう言って、僕の肩をポンポンと叩いた。


 ファミレスで会った専務さんは服装も話す言葉もきちんとして、とてもいい印象だった。


 会社は小さいけれど、僕のバイト先のような介護施設を3つ持っていて、経営も順調だと資料を見て分かった。


 専務さんは色々と話をした後で、ゆっくり考えてくださいと言い残し支払伝票を持って先に帰って行った。


 施設長さんは 専務さんが帰るとふう〜っ!と息をつき、疲れたね、と笑った。そして、僕にコーヒーのお代わりとケーキを注文してくれた。


「悪い条件じゃないと思うけど、後は君次第だね。よく考えるといいよ」


 そう言って施設長はファミレスを出て行った。


 Webを調べ、会社訪問をし、社員さんからも話を聞いて、僕はよく考えた。そして結局、このオファーを受けた。


 最後まで面接に残っていた大手企業からも '残念ながら…' というメールが届いた事が大きな理由だった。


 あそこしかないか!


 そんな気持ちで入社した。


 でも悪い気はしなかったんだ。小さな会社だったけれど、専務さん直々に声をかけていただいたんだから自信を持とう、って頭も切り替えた。


 入社前の研修などは小さい会社だからないと言われ、そのまま入社の日を迎えた。


 両親が就職祝いとして揃えてくれた新しい背広と靴、ビジネスバッグで、僕はウキウキとしていた。


 僕の入った会社 '山本興業株式会社' はあるビルの3階にあった。エレベーターで3階に行き、会社の扉を開けると受付の女性がにっこりと迎えてくれた。


「あ、あの、今日から入社する奥山健です。受付で待つように言われてます」


「あぁ、はいはい。

 お待ちしてました。座ってお待ちください」


 受付の女性は受付前に並んだ椅子を指差した。


 しばらく待っていると専務が現れて、待ってたよと僕に右手を差し出した。


 あ?握手…なんだ。


 そう気がつくのに3秒ほどかかった。


「君のために一部屋用意したんだ。さ、こっちこっち!」


 専務はフロアの奥の方に進んでいく。フロアには机がゆとりを持って配置され、プランツが趣味よく置かれていた。

 

 社員たちは新人の僕を見てニコニコと笑ってくれた。中には『待ってたよ』とか『これからよろしくね』と声をかけてくれる人もいて、いい会社なんだとここで働ける事が嬉しくなった。


「ここが君の部屋だよ」


 そう言って専務はフロアの突き当たりにある部屋の扉を開けた。そこは暖かな陽が差す6畳ほどの部屋でデスクと椅子、パソコンと大型のモニターが3つ置いてあった。窓辺に置かれた大小様々なプランツが心を和ませるようだった。


 「奥山君。まず君の能力を確認させて欲しいんだ。とりあえず、これを読んで私達に解る様な資料にして欲しい。期間は1週間。いいかな?」


 そう言われて手渡された分厚い印刷物は、いくつかの企業の会計報告書だった。


 ひたすらそれを読み解く作業をした。特に指示はされなかったから、今の僕にできる事をしようと色々やってみた。


 パソコンにデータを入れて、株価や会計報告書などからその会社の業績見通しなどをシュミレーションしてみたり、'山本興業株式会社' の何か役に立つかなと株価の今後の予測なども立ててみたりした。

 

 それぞれの会社の将来性、改善点なども最後に記載した。


 出来上がった資料を何度も見返して、僕は自分の仕事に合格点を出したんだ。


 きっと専務も満足してくださるって、そう思った。


 

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