File 1 : 霜山リカ 4


 'わたし' がやつれた顔でじっと鏡を見ている。


 あの時だ。あいつが 'わたし' に、結婚すると言った時。

 

「えっ?わたしと?」


「なんで俺がお前と結婚しなきゃなんねえんだよ。相手が誰だっていいじゃねぇか。ま、お前の知らない女さ。お前と違って上品な可愛らしい女だ。

 まあ、結婚したってお前も時々は抱いてやる。お前は俺の女だからな。いいよな?」


 あいつは 'わたし' と別れようとしない。'わたし' の体を手放そうとはしない。


 あいつは 'わたし' が自分からは離れていかないのも知っている。そう。'わたし' は自分から別れ話は言えない。言えなかった。


 あいつに「待て!」と言われると、'わたし' はいつまでも待ち続ける。その後のご褒美が欲しくて待ち続ける。別れたら二度とご褒美はもらえなくなるから…。だから…。


「なんだよ。こっちへ来いよ。こんな事ぐらいでそんな顔するな。これからも抱いてやるって言ってるだろ」


 あいつは 'わたし' の体にむしゃぶりつき、お前は俺の女だろ?と耳元で囁いた。


 'わたし' はあいつに見つからないように、涙をこぼした。






     ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢






 ふと気付くと、鏡の向こうにいる 'わたし' が両手をじっと見ている。




 あぁ、もう嫌だ。これから先は見たくない。見たくない。誰か…誰でもいい、ここから出して! 出して! 出して!


 あぁぁぁー!


 叫ぶ私の声が響き渡る。




 どこからともなく、小さな声が聞こえる。


ーどうだ?

ー久我山警…まもなく……覚醒しか……増量し……?

ーそう…竹下、大丈夫…

ー…薬は増量しました

ー了解…引き続…


 誰かいるの?

 いるなら、ここから出して。

 もうこれ以上…'わたし' を見させないで。

 お願いだから…。…助けて。


 …たすけて


 …た…す






     ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢






 両手をじっと見ていた 'わたし' は鏡に映る自分の顔に眼を移した。そこには青白い顔をした女が写っていた。


 その青白い自分の顔を見て 'わたし' は笑いだした。


 あいつが私と手を切りたいんですって。

 婚約者の親にお前の事がバレたから、って言うの。



 その日、いつものホテルの部屋で、札束を 'わたし' の前にポンと置いて、あいつはこれで充分だろ、と言った。


「娘は何も知らない。今、手を切れば許してやる。金は出してやるから、さっさと別れろ」


 そう婚約者の親に言われたから、と悪びれもしない。


「お金は要らないわ。だって、私とあなたの仲じゃない?」


 そう言って 'わたし' はにっこりと微笑んだ。そして…


「ねぇ、最後にもう一回、抱いてよ」


と、あいつに言った。あいつは、仕方ないなあという顔をして 'わたし' を抱いた。

 

 'わたし' はいつもより優しく、激しく、あいつに奉仕した。 'わたし' を捨てるのが惜しくなるように。


「お前、いつもよりいいな。俺と別れるのが嫌なんだろ?別れたくないんだろ?こんなにいいなら、もう少し関係を続けてやってもいいぞ」


 あいつは 'わたし' の中で何回も果てた。


 そして…


 また連絡する、と言って帰って行った。


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