File 1 : 霜山リカ 3
鏡の前の 'わたし' が泣いている。
ああ、あいつが転勤だと言った時だ。離れるのは嫌だと泣いているんだ。
「お前、呼んだらすぐ来いよ」
あいつは私に激しいキスしてそう言った。
「お前のキス、いつもエロいな。
俺、これだけでイケる…」
体中が疼いた。
「欲しい。今、欲しい。お願い!」
「おまえ、いやらしい女だな…。俺、そういうの嫌いじゃないけど」
あいつはそう言って何度も私を抱いた。
あいつはその後すぐに新しい土地へと移って行った。
寂しいと連絡をすると、忙しいとだけ返事が来た。数週間経って、初めてあいつから会いに来いと連絡が来た時は嬉しかった。
あれも話そう、これも話そう…と思っている私に、あいつは、早く脱げよ、とだけ言った。そして私を抱いた。激しかった。体が壊れるかと思った。
うれしくてうれしくて、あいつにしがみついている 'わたし' にあいつは、お前はやっぱりいい女だな、時々お前と無性にやりたくなる…と耳元で囁いた。
でも、他の女がこの部屋に来ていた事がすぐわかった。
女物の香水が香るタオル…。
枕には1本の茶色い髪の毛…。
あいつは隠そうとはしなかった。
'わたし' にわざと見せていた。
しばらくしたある日、'わたし' はあいつに知らせず会いに行った。無性に顔が見たくなったから。
ピンポン…とドアベルを鳴らすと半裸のあいつが出てきて、チッ…!と舌打ちをした。中に入って待ってろ、と 'わたし' に言うと自分はさっさと部屋の中に戻って行った。
中から、だあれ?と言う女の声が聞こえる。
「女が来た。気にすんな、ほっとけ。
今はお前とやる。見せてやろうぜ」
あいつは 'わたし' を無視してその女と絡み合った。'わたし' は見ていられなくて目を背けて部屋の隅で座っていた。
しばらくすると、そんな 'わたし' にあいつが言った。
「おい、眼を逸らすんじゃない。ちゃんと見てろ」
あいつは 'わたし' に見せ付けるように女の体中に口付けをした。そして女と睦合いながら、じっと 'わたし' を見て笑った。
違う、違うの。私、ただ…。あなたに会いたかっただけなの。
その言葉は口には出せず、こっちへ来い、そう言われるまで2人の姿を見続けた。
そして、あいつの女に見られながら、あいつに抱かれた。
それからはあいつに頻回に呼ばれるようになった。そこにはいつも、あの女がいた。'わたし' はあいつの言いなりになって、犬のように尻尾を振り続けた。
抱いてください!抱いてください!
あなたが欲しいです!
なんでもします。お願い!抱いて。
あいつが 'わたし' を愛してはいないと頭ではわかっているのに、あいつにしがみつき続けていた。
'わたし'は、なぜあいつに抗わなかったのだろう。
'わたし' とお付き合いしたい、と想いを寄せてくれる男性が何人もいたのに。
なぜ、あいつだったんだろう。
あいつを思うといつも 'わたし' の体が疼く…それだけだった気がする。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
2年経ってあいつがこの街に戻ってきた時、'わたし' はうれしくて泣きそうになりながら、あいつに呼ばれて会いに行ったんだ。念入りにお化粧をして、あいつの好みの香りをつけて…。
'わたし' は一緒に住みたいとあいつに懇願した。あいつも同じだろうと思っていたから。一緒に住めば、2人はいつでも抱きあえる。考えるだけで体が震えた。
そんな 'わたし' にあいつは言った。
「ダメだな。たまに会うからいいんじゃないか。お前だってそうだろう?」
あいつは 'わたし' の体を抱きしめ、唇を重ねながら言った。
「たまに…だからこんなに感じるんだ。違うか?そうだろう?」
'わたし' はあいつの抱擁からは逃れられない。ただ、されるがままに流されていく。
愛していないなら、そう言って。そう言ってください…。これを愛だと、私の体がこれ以上勘違いしないように。
言えない言葉が頭の中でうずを巻いた。
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