第4話 飛び出したその先で 

琉璃が隣の車両に消えてすぐ、その後を追うように、アルファも隣の車両へ駆けだした。しかしこの騒ぎを起こしているがアルファに邪魔をしてほしく

「くそ…っ、誰の魔術だよこれは…!」

足元にクモの巣が張っているようだ。結界のようなものがアルファの進行を邪魔し、人間の姿のままでは上手く魔術も使えない。足がもつれて何度もよろける。隣の車両へのドアが近づいたり遠ざかったり、歪む空間に今にも吐きそうだ。


「せ…青年!」

転ぶと同時にどうにか空間停止魔術を使う。刹那、晴もまた魔力を十分に備えた人間であることがアルファの目に映った。

晴、琉璃、そして琉璃を羽交い絞めにしているやけに距離が近い殺人鬼以外の時間が止まる。何が起きているのか分からない晴にアルファは剣を手渡した。

「それを使え、そいつを倒せるかもしれない!」

ここは先程の車両よりも結界が強く、立っているのがやっと。限界が近い、人間の姿を保っていられない。驚いた顔の晴と目が合う。殺人鬼もこちらに針のような視線を向けた。その隙をついたかのように晴は剣から手を放した。殺人鬼を突き飛ばし、もう片方で琉璃の手を引く。剣は床に落ち、金属音が響いた。そのままドアの方に逃げるように倒れて殺人鬼と距離を取った。

「だ、大丈夫?」

晴をクッションにしながら声も出せず頷くだけの琉璃。止まった時空ときはゆっくりと動き出した。

「チッ……。」

背の高い晴に突き飛ばされ怒りを露わにする殺人鬼。琉璃を守るように立ち塞がる晴は琉璃は激しく脈打つ胸を押さえてその場を見つめていた。

「かかってくるならかかってこい。お前の相手は俺だ。」

晴は剣を拾うと、その剣先を相手に向けた。そしてアルファの方を向くと「お兄さん、少しだけ彼女をお願いします。怪我してるかもしれませんから。」と伝え、琉璃をアルファへ渡した。

「分かった。」

人間世界ここで戦闘魔術は使えないが、せっかく見つけた琉璃と晴魔術界の希望を殺されるわけにはいかない。琉璃を守りながら、アルファは使える魔術で解決策を探した。

一方、晴は飛び掛かってくる殺人鬼を剣1本で相手していた。攻撃を受け流すのも思いのままだ。もともと運動能力は人並みにあり、使い慣れていないはずのこの剣もやけに晴の手に馴染んでいた。

「……!!」

その時、琉璃が隙をついて走り出した。電車の終着点が近づいているのかスピードが弱まってきたことに気が付いたのだ。琉璃は晴が相手をしている間に素早く座席の横にしゃがみ、ドアコックを思い切り引いた。そして電車の速度が弱まった瞬間、琉璃はドアに持てる全ての力を込めて横に引いた。

「ん…ううっ!」

思ったより重い。尚、怖くて動けないのか手伝ってくれる人は誰もいない。その時、ドアの上にアルファの手が添えられた。もう魔術師の姿に戻っているアルファに琉璃は驚いて手の力が弱まる。しかし、今はこのコスプレ人間に驚いている場合ではない。

「「……せーの!」」

ググッ…と音を立てて開いたドアから強風が舞い込んでくる。幸運にも目の前は芝生だ。

「飛び降りても怪我しない魔術を使う!俺に任せてくれ!」

(もう…ここにいても多分死ぬだけだし、信じるしかないよね。)

正直なところ琉璃は半信半疑だったが、殺人鬼と戦っている晴やそもそものこの状況に今はアルファの言葉を信じる他なかった。琉璃はすぐさま振り向いて大きな声で叫んだ。

「皆さん!ここから電車の外へ飛び降りてください!大丈夫、死にませんから!」

その瞬間、待ってましたと言わんばかりに、次々に飛び降りていく乗客たち。

「琉璃さん、こっち!」

いつの間にかもう一つドアをこじ開けた晴が琉璃の手を引いた。そのまま二人でドアの外へ飛び出した。電車の中の方が明るかったはずなのにやけに外も明るく見えた。


「……」

目を開ける。どうやら生きているようだ。晴は起き上がって周りを見渡すが、時間は夜中。辺りは静まり返っており、アルファも殺人鬼も乗客も誰も見当たらない。

「…ん…。」

「琉璃さん、大丈夫ですか。」

思わずまたその名を口にしてしまう。晴の隣で気を失っていた琉璃も目を開け、星一つもない空を綺麗な目で捉えた。

「…助かったんですね、ありがとうございました。」

「怪我は…。」

「大丈夫です、おかげさまで。」

正直、二人とも全く知らない場所に放り出されているわけだが、とりあえずあの地獄から生還した喜びに安堵し、琉璃の口角が緩む。晴は改めてその横顔を見つめていた。

「あの、私は霞崎琉璃って言います。改めてお礼させてください。」

自らスマホを出して連絡先交換をしようとする琉璃に晴も思わず応じてしまった。

「お礼なんてそんな、あの、何かあのまま連れていかれるのは嫌だったっていうか…。」とゴニョゴニョ口ごもったが琉璃には聞こえていないようだった。

そのまま二人は周囲に注意を払いながら車の通る大通りまで出た。ちょうどタクシーが往来する時間帯だったこともあり、お互いタクシーに乗って帰路につくことにした。

「それでは、また近いうちに連絡しますね。」

「分かりました、帰りお気をつけて。」

本当は心配だったゆえに家まで送りたかったが、初対面の男に家までついてこられるのは恐怖以外の何物でもないだろうと晴は琉璃を見送ってから自分も来たタクシーに乗りこんだ。


「申し訳ございませんアムネシア様。作戦失敗どころか、上玉の娘を連れ帰ることすら叶わず…。」

ひざまずく彼らの顔についた布が揺れる。その低く垂れたこうべの先には身長の何倍もあるステンドグラス張りの窓の外を眺め、こちらに背を向ける青年が立っていた。

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