第2話 霞崎琉璃の話

 魔術界と人間世界では時間の流れが違う。やりたい放題の偽ビターデュラスを根本から止める方法を、そして彼が偽物である証明を探すエレスや他の魔術師たちの努力空しく、既に機能が崩壊しつつある魔術界。気が付けば人間世界では7年が経過していた。それまで何度も行き来してはそれに見合う人間を探したが誰一人として見つからない。東京の街の雑踏に紛れて、遂に疲れたアルファはビルの外階段に座り込んだ。

 時間は夕方、学校帰りの大学生や高校生が次々に通る。しばらく通る人を眺めていると、一際大きめの声で話す女性の声が聴こえてきた。声の方を見ると隣接するカフェのテラス席に座る二人組だった。


「それで、昨日は直哉が大学まで迎えに来てくれたの!そのあとカフェでフラッペ飲んで、雨降ってきちゃったから二人で相合傘して車まで戻ってね~その時も私が濡れないように私の方に傘さしててくれて~」

 惚気話のオンパレード。甘ったるく流れ出る滝のように出てくる言葉に向かい合わせに座る女性はニコニコしながら相槌を打っていた。

「直哉さん優しい~。萌絵は幸せ者だね!」

「そうなの!琉璃はそういう経験ないでしょ?」

「う~ん、確かに彼氏は出来たことないけど前にバイト先の人と夜ご飯一緒に食べてたの。その時も雨降り始めて、傘なかったから止むの待ってたらすぐに雨がやんで、目の前の木が一斉にイルミネーション点灯してイルミネーションデートみたいになった経験ならある!」

 デートじゃないんだけどねと笑う琉璃に萌絵は「へぇ…」と言いつつもつまらなさそうな顔をする。アルファから見える琉璃は遠目から見ても顔立ちが整っておりとても絵になる女性だった。


 これまで萌絵はいつでもグループの中心にいた。日常が充実していることや勉強をしているアピールをすれば皆が褒め、年上の彼氏の話をすれば皆が黄色い声を上げて羨ましがる。その眼差しが、反応が萌絵の日常であり快感だった。

 ___しかし、大学に入り出来たグループにいた琉璃の存在は萌絵を二番にした。もちろん序列などなく、琉璃も他の人もそんなことは考えていなかったが萌絵の中では自分が二番手になったことが手に取るように分かった。

 ___琉璃は萌絵がこれまで出会ったことのないほどの「努力家」だった。勉強もトップ、特別なメイクをせずとも整った顔は美しさを保つべく似合う化粧品や服で着飾られている。自分がスカートを履いてもアクセサリーをつけても琉璃の着るTシャツとジーンズは無地のものでもそれなりの華やかさを纏っていた。聞けば過度に自分のことを隠す性格でもない琉璃は質問されれば勉強時間や筋トレのこと、服を買う店など教えてくれる。それが努力の上で成り立っていることは萌絵も分かっていた。だからこそ余計に悔しかった。全く違う人間、探せばもちろん沢山相違点はあるが、今の萌絵からしてみれば自分にあって琉璃にないものは『エスコートしてくれる彼氏』だけに思えた。気づけば萌絵は琉璃にも他の友人にも彼氏である直哉の話ばかりするようになっていた。その話を嫌な顔一つせず適度な相槌と表情で聞く琉璃は自分軸を持ったとても上品な存在に見えた。

(あの子なら、もしかして魔術を使いこなせるかも。)

 人間の中身はよく見える。アルファが魔術の宿った目で琉璃を見れば、その頭上に基礎代謝量や筋力の数値が可視化される。とは言っても、今まで何十人もこうして追ってもやがて現れる『魔力』の項目の数字が低ければそこでゲームオーバーだ。この見立ては正直役に立たないと我ながら半信半疑だったが、「今度こそ」とアルファは琉璃を追うことにした。

 萌絵を迎えにきた直哉から連絡が入り「紹介したいから」と萌絵に促されて琉璃は車まで萌絵を送る。待ち合わせ場所に向かうと既に直哉は他の車と並ぶように道路に停車しており、車の前で待つ彼は二人に気づくと手を振った。手を振り返す萌絵とペコリと頭を下げる琉璃。

「直哉お待たせ!」

「この子が…琉璃ちゃん?」

「そうです。こんにちは。いつも萌絵ちゃんとは仲良くさせてもらってます。」

 再びお辞儀する琉璃。それを直哉は軽く目を見開いたまま見つめていた。しかし、我に返り萌絵を先に車の助手席に乗せた。

「またね、萌絵ちゃん。また来週学校で!」

 そう挨拶し、立ち去ろうとすると直哉は「これお近づきの印に。」と琉璃に何か小さな袋を手渡してきた。受け取るとそれはクマちゃんが花束を持った絵のアイシングクッキー。

「え⁉受け取れないですよ、これ高いですよね!?」

 袋に印字されたロゴはそこそこ高級な製菓店のもの。「いいから。」と笑う直哉に琉璃は困ったような顔をする。しかしここでグダグダして取り締まられても面倒で、後で萌絵には連絡しておこうと考えた結果「ありがとうございます。」とお礼を言いその場を後にした。


(何だか疲れちゃったなぁ。)

 受け取った紙袋を潰さないように気を付けながら電車に乗る。この時間帯は到底座れるわけがなく、琉璃は座席の端の壁に寄っかかるようにして立っていた。ぼーっと流れる夕焼けの街並みを眺めていたが、今日はやけに夕焼けが綺麗な気がした。

(まるで空が燃えているみたい。)

 赤々とした夕焼け空は東の空に見える薄紫をも覆いつくすように一面に広がっている。誰も会話していない静まり返った車内は少々落ち着けた。

「ひっ…わあ!やめてくれ!」

 _______不可思議な悲鳴が隣の車両から聞こえてくるまでは。


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魔術師××計画 LIRY @LIRY-Crystal__

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