第1話 10年前、とある事件が迷宮入りとなった
「その日」。ずっと低迷していた事件が永遠の迷宮入りとなった。ご丁寧に報道することもなく、その事件に関わった人間のみがその事実を知り、そして報われることのなかった一人の女性のために涙した。
『東雲優梨奈』という天性の美と才能に恵まれた女子高生の時計は何者かによって暗殺されたあの日から止まったままだ。
_______魔術師クロノリアス・アルファ。彼も優梨奈の死が迷宮入りをしたことに悲しんだ一人だった。
魔術師が生活するこの場所は人間世界を管轄し、人間が憧れるファンタジーや非現実の事実として人間世界にスパイスを与える存在だった。管轄役を謳いつつも魔術師は魔術師としての文明を築き、人間世界とは並行世界のように差別化されているため何らかの勘が良い人間が魔術師を呼んだりしなければ特に人間世界と交わることも多くなかったが。
一人で俯いてその知らせが書かれた文書に目を通していると、誰かのヒール音が聴こえてくる。あの靴音は同期のビターデュラスだろう。扉が開き、アルファが振り返った先にいたのは確かに彼だった。しかし、どうも様子がおかしい。
「……アルファ。その記事はなんだ?」
飄々と上ずった陽気な声で会話するビターデュラスにしてはやけに声が落ち着いている。優梨奈の事件のことかとも思われるが、ビターデュラスは純血の魔術師。人間世界で起きた事件のことなどいちいち知る由もなく、彼女のこともまた知るはずがない。魔術師の力など借りなくても彼女は完璧だったから。
「別に、昔の話を思い出していただけだよ。どうしたんだ、ビターデュラスにしては」
「アルファ、今すぐその偽物から離れて!そいつは……」
アルファの返答に被せるように、ビターデュラスを追ってきた同期のエレスが扉から叫んだ。刹那、その正体を言われないように偽ビターデュラスが放った攻撃を避けてエレスの声も途切れる。狭い部屋の中で魔術弾の撃ち合いをすれば全員助かるはずがない。この部屋を空けることはしたくなかったが、ビターデュラスの持つ魔力はアルファやエレスよりも大きい。アルファはエレスを信じてビターデュラスから離れた。やはり、アルファが部屋を出ることがビターデュラスの目的だった。攻撃の手を止め、武器を向ける二人の方を振り返ると、勝ち誇ったように笑う。
「アルファ、お前はいつまでも弱虫だな。だからあの時、東雲優梨奈を救えなかったんじゃないのか?」
扉が閉まり、内側から施錠される。何か言い返して攻撃しようとするアルファをエレスが制止した。
「誰かは…わからない…。でもきっとこれからあいつは人間世界を壊す。」
エレスは知らないふりをした。その正体を信じたくないこと、本物のビターデュラスが良い人だったゆえに尚更信じたくなかった。先程までアルファがおり、偽ビターデュラスが閉じこもった部屋はブレーカーのような役目を担う。魔術界と人間世界の均衡が崩れかねない。攻撃が出来ないのもそのせいだった。涙を流して、無力な現実を嘆くエレスをアルファも苦虫を嚙み潰したような顔で支えていた。
「あいつを…殺さなきゃいけない。」
「分かってる。」
普段争いを好まないエレスが呟き、アルファも二つ返事でそれに賛成した。しかし魔術師の契約として『魔術師は魔術師を殺すことが出来ない』。
だからこそ、アルファの脳裏にとある考えが浮かんだ。望まない考え。
(魔術を込めた武器を人間に渡そう。)
それはまだ試作段階だが、やるしかなかった。アルファはエレスには何も告げずに一人でその武器が保存されている保管庫へ向かった。まだ研究段階で不安定だが、確かに魔術師と渡り合えるほどの力は込めてある。アルファは覚悟を決めた。
「とにかく……片っ端から人間を探していくしかない。これに耐えられるような魔力の持ち主を……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます