第49話 秘密

 あれ以来、師匠は修行中、見ていることが増えた気がする。

 実践形式の修行が減った気がするのだ。

 体調が悪いのだろうか。


「師匠、大丈夫ですか?」


 剣術の修行中、近くで座りながら見ている師匠に尋ねる。


「何がだ?」


「最近、体調が良くない気がするんですよ。前よりも実戦形式が減った気もしますし」


 するとおでこをぴしっとはたかれる。


「何を贅沢言っているんだ。元騎士団長との直接指導なんて、たまに受けられれば十分だろうが」


「いや、それは勿論そうなんですけど……」


「仕方ない奴だな。久しぶりに稽古をつけて――」


 そう言って立ち上がろうとした師匠が、バランスを崩して膝をついた。


「師匠⁉」


「大丈夫だ」


 師匠は顔を上げるが、明らかに顔色が悪い。

 俺は師匠に肩を貸し、住処に戻った。

 毛皮で作った布団に師匠を寝かせる。


 普段から肌は白かったが、今の顔は真っ白だ。

 何か病気にかかったのだろうか?

 おそらくただの風邪じゃない。


 だが、その場合どうやって治したらいいんだ。

 医者なんてこの島には居ない。

 病気にかかった場合はどうしようもできないことに気付く。


 心配になった俺は、師匠の手を握る。


「なにか欲しい物、ありますか? 今日は温かいスープを作ります」


 こんな島じゃろくな物も用意できないけど。


「そんな心配そうな顔をするな。リオル。これは病気じゃない」


「そんなの分からないじゃないですか」


「いや、分かるんだよ。お前にはこの一年間、しっかりと基礎を叩きこんだ。十二歳とは思えないくらい強くなった」


 師匠は俺にゆっくりと語りかけるように話し始めた。


「後数年、私の全てを叩きこめば厄災級にも届くだろう。だが、その時間は残されていない」


 師匠は諦めるように、悲しそうに言った。


「何を……言っているんですか?」


「私の体調が悪化し、弱体化した理由はこれだ」


 師匠はそう言って、右腕の服を上げる。

 そこには禍々しい渦のような刺青が入っていた。


「これは呪いだ。私が呪霊師にかけられたな。これは少しずつ体を蝕む。近い将来、私の体は動かなくなるだろう」


「そんな、嘘ですよね……」


 そう言いながらも俺は、心当たりがあった。

 師匠の強さであれば、将級の霊獣をうち漏らすことなんて今まで一度もなかった。

 最近は戦うことも少なくなっていたから、鈍っただけだと思っていたけど……。


「とは言え、後一年は最悪でも持つだろう。それまでに、私の技術は全てお前に伝えるつもりだ。だから、安心しろ」


「技術なんかどうでもいい! 師匠、知っていたんですか? ご自身の体が数年で動けなくなるって」


「ああ」


 俺は初めて師匠と会った時を思い出した。

 確かにあの時、師匠は時間がないと繰り返し言っていた。

 ただ、速くこの島を出たいだけだと思っていた。


 だけど、違ったんだ。

 呪いのせいで、タイムリミットがあったんだ。

 ゆっくりしていたら、この島で動けなくなるって。

 それは死を意味する。


「な……なんで、俺の修行なんかに時間を……」


 俺は師匠の貴重な時間を消費させてしまった。

 何よりも貴重な時間を。


「師匠一人だけなら、出られたんじゃないんですか? なんで俺なんかに時間を……」


「それは分からん。私も最初は弟子なんて断るつもりだったよ。数年以内にここを出ないといけなかったからな。初めは小さな恩返しのつもりだった。けど、お前と一緒に過ごしていくうちに、すっかり情が湧いてしまった。リオル、お前は私の最高にして最後の弟子だ。私の代わりに、必ず島を出ろ」


 師匠はそう言って、俺の頭を優しく撫でた。


「やだ……よ」


 一人じゃ意味なんて、ないんだ。

 師匠と、ネロと一緒に出るから意味があるんだ。

 俺は気付けば涙ぐんでいた。


「泣くな。私が生きているうちに、お前に話さないといけないことがある。お前の出自についてだ」


 師匠は確かにそう言った。

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