第44話 故郷の味

 クロエはその後、すぐに全身の痛みでバランスを崩す。


(全身に電撃を流し無理やり溶かしたのが、効いているな。早く霊胞を……)


 気を失いそうな体を引き摺って、フェンリルの元へ向かう。

 クロエは剣を使い、霊胞を取り出すとすぐにかぶりついた。

 全身に霊気が、力が行き渡る感覚が、クロエを襲う。


(この滾る感覚……! いつぶりだ?)


 力が漲る。

 凄まじいほどの霊気の増加。

 怪我が一気に治癒していく。


 現主の能力者は皆、再生能力が高い。

 超一流のクロエであればなおさらである。

 未だ傷だらけではあるが命の危機を脱したクロエはフェンリルの体を担ぐと、その場を去った。


 ◇◇◇


 俺はネロを抱き締めながら、静かに師匠の帰りを待っていた。

 やっぱり、援護に行った方が?

 俺が何の役に立つんだ。足を引っ張るだけだ。


 色々な考えが頭を埋め尽くす。

 そんな時、森の中から師匠が顔を出す。

 フェンリルを担いでの登場である。


「師匠!」


 俺は反射的に師匠に元に駆け寄り抱き締めた。


「良かった……本当に良かったです!」


 生きていたのに、なぜか涙が頬を伝う。

 信じていたはずなのに。


「なんだ。勝つと言っただろう?」


 そう言って師匠は頭を撫でてくれた。

 だけど、その全身の傷が師匠の激戦を物語っている。

 命がけの戦いだったのだ。


 けれど、師匠は勝って戻って来てくれた。

 それが嬉しかった。


「師匠は……やっぱり最強ですね」


「当たり前だ……とは言え流石にきつかった。けど、得た物もある。フェンリルの毛皮に牙など、国宝の品だぞ。またフェンリルの毛皮でマントを作ってやろう。どんな寒さも無効になると言われる神狼の毛皮だ」


 師匠はそう言って、フェンリルの毛皮を撫でる。


「楽しみにしてますね。師匠は休んでいてください! 俺は昼飯を用意するんで!」


 無理やり師匠を休ませて、俺は食材を採りに森へ入る。

 肉は割とあるからなあ。

 頑張った師匠のためにも野菜をたくさん採ってあげたいな。


 俺は森へ入り、必死で野菜を探す。

 野菜というものは中々自然には生えていないということを、この島に来て知った。

 採れるものというとキノコと根菜が主となる。


 たまにはいつもと違う野菜を食べさせてあげたいな。

 そう思い、森の奥深くまで探索する。

 お腹が鳴る音が響き、もう昼近いことに気付く。


「もうこんな時間か。色々採れたし帰るか」


 知らない野菜もあったけど、とりあえず採ってみた。

 俺は野菜を持ち、帰路に就いた。


「すぐに作るから、少しまで待っててくださいね」


 俺はナイフを使い、野菜を切っていく。

 知らない野菜類も採って来たが、食べさせて良い物だろうか?

 毒とかあったら嫌だしなあ。

 そう考えていると、師匠が後ろにやってきてそのうちの一つを掴む。


「久しぶりに見たな。故郷で良く見つかるレビスと言う野菜だ。懐かしい。昔よく母がレビスを使ったスープをよく作ってくれたのだ」


 師匠はどこか懐かしそうにレビスを見つめる。

 レビスって言うのか。正直赤い大根にしか見えなかったよ。


「故郷の味ですね」


「そんなたいそうな物じゃ……いや、そうだな。故郷の味だ」


 そう言って、微笑む。


「じゃあ、それを作りますので、作り方を教えて下さい」


「そうだな。頼むよ」


 師匠に作り方を聞いて、レビスを煮込む。

 塩しか味付け手段がないと不安になったが、故郷でも大した味付けはしていないと笑っていた。

 じっくりと時間をかけて似たレビスのスープを二人で待つ。


 出来上がる頃には、二人ともお腹を鳴らしていた。

 師匠はゆっくりとそのスープを飲む。


「どうですか?」


「うん。美味しいよ。懐かしい」


 その言葉に安心した後、俺もスープを啜る。

 薄味だけど、沢山煮たからかレビスは柔らかく美味しかった。


「これが師匠の故郷の味なんですねえ」


「ああ。次は私が作ってやろう」


「嬉しいです。師匠の昔のことを、少しでも知れて」


「何を言っている、ばか。くだらないことを言ってないで、早く食え」


 師匠にはたかれる。

 師匠が生きていることが嬉しかった。

 食事が終わった後、師匠が立ち上がる。


「戦ったせいで、体が泥だらけだ。水浴びに行ってくる。絶対覗くなよ?」


 師匠が冷たい表情で言う。


「の、覗きなんてしませんよ! 早く、行ってきてください!」


「行ってくるよ」


 師匠はそう言って、近くの池に向かった。

 全く……覗きなんて。

 さっきの言葉のせいで、師匠が水浴びをする姿を想像してしまう。


 何を考えているんだ、俺は!

 師匠相手に……。

 俺にそんなことを考えている余裕なんてない。

 早く師匠と肩を並べられるくらい強くならないと……。


 ◇◇◇


 クロエは血塗れになった体を水で流す。

 体は傷だらけであった。


(傷に染みるな……。後でポーションを飲むか)


 体に付いた泥も丁寧に流す。


(最近は復讐のことを考えることが減ったな……私としたことが丸くなったものだ。リオルに教えながらも出る手段を探していたが……いつのまにかそちらがメインになってしまったな。残り時間がどれくらいあるかは分からないが、リオルに全てを託そう)


 原石であるリオルを磨くことを考え、クロエは微笑んだ。

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