第43話 VS厄災②

(このまま喰ろうてやる)


 フェンリルはゆっくりと距離を詰めると、その口を開ける。

 だが、その直前フェンリルは気付く。

 クロエから湯気が出ていることに。


「戯雷戯雷(ギラギラ)」


 クロエの口から雷光が迸る。

 フェンリルは咄嗟に全身を氷で覆う。

 だが、その雷はまるで光線のように、フェンリルの腹部をいともたやすく貫いた。


「ガオオオオオオオオオオオオ!」


 フェンリルが叫ぶ。


『完全に凍らせたはず⁉』


「雷の温度も知らんのか!」


 クロエは叫びながら飛び掛かると、鋭い爪で追い打ちをかける。

 先ほどの一撃はフェンリルに深手を負わせた。

 だが、同時にクロエにも大きな負担を負わせていた。


(先ほどの氷を解かすのに、随分霊気を使った)


 先ほどよりも巨大な雷を纏った爪を、振り下ろす。


「白雷爪(しらつめ)」


「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 負けずと、フェンリルは大きな咆哮を放った。

 冷気を纏った衝撃波を持った咆哮である。

 周囲の木々も全てを消し飛ばし、地面も大きく削れる。

 クロエの爪は後少しまで迫ったが、結局咆哮の衝撃により吹き飛ばされた。


「ぐうっ……!」


 一方、フェンリルの目は怒りで真っ赤に染まっていた。


『人間如きがここまでやるとはな! 遊びは終わりだ!』


 フェンリルは疾風のような速さで一気に距離を詰める。


「人間を舐めるな!」


 襲い掛かるフェンリルに合わせて爪を振るう。

 その爪は確かに、フェンリルの体を切り裂いた。

 だが、フェンリルの勢いは止まらない。


『一撃は喰らってやる! その代わり、命を貰うぞ!』


 フェンリルの牙がクロエを貫いた。


「があああああああああああ!」


 クロエが叫ぶ。

 だが、一番の恐ろしさはその鋭さではなかった。

 牙を中心にクロエの体が凍り始める。

 その牙は、クロエの内部を少しずつ凍らせていた。


(まずい……!)


 上半身から徐々に感覚が失われていくのを、クロエは感じていた。


『これを喰らって生きた者はおらん。終わりだ』


 フェンリルの死刑宣告を聞いても、反論の声すら出ない。


(体の感覚が……。私は負けるのか? だが、リオルは逃げきれただろう)


 クロエは走馬灯のように過去を思い出していた。


(仇もなにもとれてはいないが、最後に良い弟子にも会えた。悪い最期ではない)


 朦朧とする意識の中、最後に思い出したのは別れる直前のリオル。

 不安そうに、私の無事を祈るリオルの顔が浮かんだ。


(いや、リオルは既に師匠を一度失っている。私まで死ぬ訳にはいかない!)


 リオルを思い出し、目を見開く。


(……まだ全てを伝えていない。あの子には……この島で生き残る才覚が確かにある!)


 フェンリルはクロエの目がまだ死んでいないことに気付く。


『まだ諦めていないのか?』


「私には可愛い弟子が居てな……まだ何も伝えていない。だから、死ねないんだよ。これで、最後だ」


 フェンリルはそこでクロエの体から湯気が出ていることに気付く。


(馬鹿な!? 今は内部から凍らしているのに。内部を……電撃で無理やり溶かしているのか!? まずい!)


 フェンリルは危険を感じ、咄嗟に距離を取った。


「戯雷……戯雷」


 クロエの口から雷光が迸るのと同時に、フェンリルはありったけの霊気を込めて咆哮を放った。

 二つの攻撃が交わり、衝撃が全てを消し飛ばす。

 フェンリルはその巨体にも関わらず、大きく吹き飛び地面に叩きつけられる。

 その美しい毛はぼろぼろになっており、腹部からは血が溢れている。


(ぐうう……! まさか、ここまでとは! だが、なんとか耐えたぞ。私の勝ちだ!)


 フェンリルは勝利を確信し、体をゆっくりと上げる。

 その瞬間、フェンリルの体に影が降りる。


(え?)


 フェンリルは咄嗟に上を向く。

 そこには、ぼろぼろになりながらも、その右手に雷を纏わせるクロエの姿があった。


『最後の一撃じゃ……?』


「白雷爪」


 その爪は確かにフェンリルの首を落した。

 地面に降り立ったクロエは、倒れたフェンリルを見る。

 その姿は既に人間の姿だった。


「女の言葉を全て信じるものじゃない」


 クロエはそう言って笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る