第42話 VS厄災
リオルが逃げたにも関わらず、フェンリルは気にも止めない。
(どうやら目的は私のようだな)
クロエはフェンリルを観察する。
『同族の匂いを感じて、わざわざやって来たが、まさか混ざり者とはな』
フェンリルがため息を吐くように念話で言う。
「お前如きと同族と言われるとは心外だな」
『言うじゃないか……人風情が』
徐々にフェンリルから冷気が漏れ始める。
フェンリル。
氷を司る厄災級の霊獣である。
その力は凄まじく、古代ではフェンリルを怒らせた一国が一夜にして滅んだとも言われている。
(おとぎ話でしか聞いたことはなかったが……完全獣化でどれほど戦えるか)
完全獣化。
現主を極めた者の到達点と言われる、奥義。
ただ全身が獣になるのとは全く意味が異なる。
完全獣化は獣人種が受け継ぐ種族の原点ともいえる力を百二十パーセント引き出せる。
本来の獣化は数十パーセント程しか引き出せていないことを考えると、その力が人には過ぎたものであることが分かる。
お互いの沈黙を破ったのは、フェンリルであった。
(来る……!)
フェンリルはその全身から冷気を発した。
気付いた瞬間クロエは跳んだ。
だが、それを上回る圧倒的な速度と範囲。
フェンリルを中心とした半径数百ユード、全てが凍り付いた。
木も土も、生物も、全てが凍り付いた。
あれほど騒がしかった森に静寂が流れた。
凍った木々からは霜が降りている。
(所詮は、人混じりか……)
フェンリルは静かにクロエが立っていた場所を眺めている。
「雷槍(らいそう)」
だが、次の瞬間、雷でできた槍がフェンリルを襲う。
フェンリルは咄嗟に氷で壁を生み出したが、その槍は壁を貫き、フェンリルを傷つけた。
全身を凍らされたクロエは、自らを覆う氷を砕き、雷を放った。
(そこまで効いてないか?)
クロエはその脚力を活かし、一気に距離を詰める。
そして、雷を纏ったその爪でフェンリルの頭部を狙う。
フェンリルも同様に爪に冷気を纏わせると、カウンターの要領でその爪を振るった。
お互いの爪が交わり、膨大なエネルギーが爆ぜた。
凄まじい轟音と共に、大気が揺れる。
凍っていた木々が、その衝撃ではじけ飛ぶ。
衝撃で吹き飛ばされたクロエであったが、着地と同時に再度襲い掛かる。
お互いの体格には大きな開きがあったが、クロエは接近戦において退く気はない。
フェンリルの前脚での攻撃を華麗に躱し、クロエの爪がフェンリルの右肩を捉える。
凍った地面にフェンリルの鮮血が散る。
「グゥ……!」
フェンリルが僅かに呻く。
(やはり大柄な分、攻撃が大雑把だ。躱しながらの接近戦ならこちらに分がある!)
クロエはその軽さを活かして、ヒットアンドアウェイの要領で攻める。
クロエの爪が、少しずつフェンリルの体を削っていく。
(だが、致命傷にはならんな。隙を見て、首元を狙う)
クロエはフェンリルの攻撃を躱し、懐に入る。
(獲った!)
その爪がフェンリルの首元に届く。
まるで金属によって弾かれたような音が響き、爪が弾かれる。
フェンリルの首元は氷でしっかり守られていた。
(霊気を首元に集中させていたか⁉)
『小娘が! ちょこちょこと襲ってくる小物と戦ったことがないと思ったか!』
フェンリルの振り下ろしの一撃がクロエを捉えた。
地面に叩きつけられ、大きく跳ねるクロエ。
倒れ込んだクロエを先ほどよりも冷たい冷気が襲う。
クロエは一瞬で氷漬けになってしまった。
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