第29話 最低限
「痛え……これは確かに刺され過ぎたら死ぬよ」
腫れた右太ももと、腰を見て涙が出そうだった。
実際にやって分かった。
これは攻防を同時にするための修行だ。
針を通さないよう最低限の霊気だけ纏って、後は全て尻尾に霊気を集中させる。
そして尻尾も霊気を尖らせるようにして……。
忙しい。
俺は霊気を全身に纏い、蜂の前に行く。
一瞬で蜂に囲まれ刺されるが、俺は気にせずに霊気の量を少しずつ少なくしていく。
一定以上薄くすると、針が霊気を貫通し俺の皮膚を貫いた。
「ぐうっ……! けど、これで分かった。これだけは最低限必要なんだ」
少しブレがあるものの、全身を等しい量の霊気で纏う。
そして残りの霊気は全て尻尾に。
前回の修行で理解した霊気操作の奥深さ。
数日前ならきっとできなかった。
けど、今ならできる。
臨戦態勢の蜂に囲まれているが無視して尻尾を振り上げて叩きこむ。
大丈夫。針も刺さっていない。
霊気の鎧はしっかりと俺を守ってくれている。
落ち着いて。
体部分は霊気の量がぶれないように。
尻尾部分は、ただ鋭く。
深く、奥まで刺さるように。
集中して、ただ尻尾を振るう。
蜂など気にせずに。
ただ尻尾を振るう。
ただ、ひたすら。
どれほど振るっただろうか。
霊気がもう殆ど残っていないのを感じる。
木が軋む音が聞こえた。
「え?」
木がこちらに向かって倒れてきた。
俺の尻尾は、既に木の半分以上を切っていたらしい。
俺は倒れてくる大木を何とか躱す。
木が倒れる轟音が島に響く。
既に日は暮れている。
「これでクリアですか?」
「合格だ」
師匠は表情も変えずにそう言った。
どうやら合格点は貰えたようだ。
俺は霊気を使い切ってしまったからか、その場に倒れ込んで眠ってしまった。
良い匂いがする。
俺は匂いに誘われ、体を起こす。
既にあたりは真っ暗になっており、師匠は夕食を作っているようだ。
晩御飯は鍋らしい。簡易的な手作り土器があることに文明を感じる。
焼く以外の料理を食べるのは何か月ぶりだろう。
「ほら、食べろ」
師匠が器に盛ってくれた鍋には、肉以外にも野菜が入っておりその色鮮やかさが嬉しかった。
俺はそれを一口啜って、顔が綻ぶ。
「どうした?」
「やっぱり嬉しいなって。俺、もう手料理なんて二度と食べられないと思っていたんで。師匠の御飯、本当に美味しいです! 野菜なんて数ヶ月ぶりに食べました!」
それを聞いた師匠は目を逸らす。
「こんなもの……大した料理ではない。野菜もそこらへんにあったから採っただけだ。まだ成長期なんだから、色々食べろ。それがお前の血肉になる」
「はい! それで師匠……お願いがあるんですが……」
「なんだ?」
「明日、半日だけお休みを頂けないかと……」
「いいだろう。どちらにしても、明日は休息の予定だったからな」
「ありがとうございます!」
俺は頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます