第21話 弟子入り志願
分からない。
俺はまだクロエさんを何も知らない。
だけど……。
「違うと思います」
「どうしてだ?」
「そうは見えないから。俺は自分の勘を信じます」
まだ少ししか話していないから勘でしかない。
けど、本当に悪い人がこんな場所で手当てまでしてくれるだろうか?
それに……悪人には見えない。
「そうか。後悔するなよ」
クロエさんはただそう言った。
おそらく島に、他に人が居ないのは本当なのだろう。
「じゃあ……やっぱりこの島に人は居ないんですね」
知っていたが、他人から聞かされると辛い。
「クロエさん、この島からの脱出方法は知りませんか?」
「なんだ、まだ諦めてなかったのか。さっき言っただろう? 生存率ゼロパーセントだと。ここに飛ばされて生還したものは誰も居ない。一人もな」
「そんなの分からないじゃないですか! クロエさんもここに連れてこられたんですよね? 船で来たんですか?」
そう。
俺は何も覚えていないが、クロエさんは誰かに連れて来られたことを覚えているはずだ。
なら、その方法で帰ればいい。
「船? そいつは無理だ。一番近い大陸まで最低でも千キロユードはある。手作りの船で渡れる距離じゃない」
千キロユード⁉
「じゃあどうやって、こんなところに……」
「希望を捨てないのは良いことだが――」
クロエさんが話している時、その背後から木々をなぎ倒す音が響く。
全てを砕き、森の中から現れたのは巨大なジャコウウシの霊獣。
全長五ユードはある巨大な体は黒い毛で覆われており、立派な二本の角は人など簡単に突き殺せる鋭さがあった。
「まずい! 逃げましょう!」
俺は叫ぶ。
大型の霊獣が現れるなんて。
だが、ジャコウウシは殺気立ってクロエさんに突進する。
「クロエさん、危ない!」
クロエさんはゆっくりとジャコウウシを見据えて左手を伸ばす。
何をしているんだ⁉
クロエさんはジャコウウシの突進を真正面から受け止めた。
凄まじい轟音と衝撃が響く。
だが、クロエさんはなんと片手で受けきった。
冷ややかな表情は全く変わっていない。
「話の邪魔だ」
そう言うと、右手で剣を握ると一閃。
ジャコウウシはその場で真っ二つになると、静かに倒れ込んだ。
「え……?」
俺は突然の出来事に息を呑んだ。
強い……。
剣での一撃で大型霊獣を一瞬で倒した。
「そんなに……強かったんですね」
「そうだな。故郷では中々に有名人だった。今となっては関係のない話だがな。それに、この程度にてこずるようじゃ、この島では生きていけないだろう」
クロエさんは飄々と言う。
その言葉に俺は反論できなかった。
その通り。
今の俺が生きていけたのはミラさんの保護があったからだ。
圧倒的実力不足。
このままではあの風龍の戦うことすらできずに死んでしまう可能性が高い。
俺ができること……。
「クロエさん、俺を弟子にしてください! お願いします!」
俺はクロエさんに頭を下げた。
俺はまだ何も知らない。
我流で戦っているだけだ。
「断る。私には時間がないんだ。悪いが、お前に時間を割く余裕はない」
だが、返って来たのは厳しい返事だった。
俺のような子供を面倒見る余裕はない。
最もな理由だ。
「頼みます! どうか。このままじゃ……俺は生きていけません。仇を取ることも、何もできません……」
「すまないが、やることがある。こんな所で子育てまでしている余裕はないんだ」
子育て、か。
確かに戦力にすらならない子供を育てるなんて、この島でする余裕はないか。
「そうですよね、すみません」
「リオル、悪いことは言わない。仇を取るなんて馬鹿な考えは捨てることだ。厄災級のエンペラーレオパルドを殺す風龍などおよそ人が勝てる相手ではない」
「強いから諦めろ、って言うんですか! ミラさんは俺の恩人です。それを……いや、すみません。せっかく気遣って言ってくれたのに」
俺は頭を下げる。
「別に構わんさ」
「ネロ、帰ろう。手当て、ありがとうございました」
俺の言葉を聞き、ネロが体を起こす。
ネロも簡単だが手当てを受けたようだ。
俺たちはその場を去った。
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