第6話 覚醒
その美しい海は、俺に絶望を与えた。
俺の知っているネルト村は近くに絶対に海なんてなかったからだ。
薄々感じていた。
ネルト村から遥か彼方に来てしまったんじゃないかと。
あんな大きな霊獣が、そこらへんに居る訳ないのだ。
国の軍隊が束で戦っても勝てないような霊獣がここには多すぎる。
ここは大陸の端っこなのか、それとも島なのか。
島な気がする。
こんな場所、人が住めるとも思えないからだ。
化物のような霊獣だらけの島で、俺は一人で居る。
こんなオモチャのような槍一つで。
笑えてくるな。
けど、まだ生きている。
こんな地獄でもまだ生きている以上、動かないと。
「洞窟に戻ろう」
湖が近くにないと死んでしまう。
俺は記憶を頼りに、再び森に戻る。
パニックになっていたせいで全く覚えていない。
所々折れている草木から自分の進んだであろう道を探して歩く。
あのゴリラと猪はどうなったんだ?
まだいるなら引越しも考えないといけない。
こんな所じゃ自分の居場所もないな。
不幸中の幸いかあれほど大きな霊獣であれば、遠くからでも分かりやすいはず。
そんなことを考えながら歩いていると、背後から気配を感じた。
何かいる。
俺は少しずつ速度を上げる。
だが、相手も追いかけてきているようだ。
「畜生……なんでどこに行っても霊獣が居るんだよ!」
背後から追いかけてきていたのは狼だった。
速い。
逃げ切れない。
徐々に距離が詰められる。
そして遂に奴の牙が俺の足に突き刺さる。
「ぐうっ……!」
痛い!
足をやられた。
逃げられない!
「放せ、化物!」
俺は必死で、狼に槍を突き立てる。
だが、大きな傷は与えられない。
狼は俺の一撃が煩わしかったのか、牙を足から抜き距離を取った。
頼む……逃げてくれ。
だが、俺の祈りはむなしく狼は再度襲い掛かって来た。
俺は必死で突きを放つも、あっさりと躱され奴の牙が肩に刺さる。
牙が肉を突き破る音がした。
「ああああああああああああああああああああ!」
痛い痛い痛い!
死。死。死。
痛みで何も考えられない。
涙が出た。
「誰か助けて!」
叫ぶが、助けに来る者など居るはずもない。
どんどん牙が俺の体の奥深くまで刺さっていく。
ここで死ぬのか。
「あ、あ……」
意識が遠くなる直前、俺が思ったのはただ一つだった。
死にたくない。
死にたくない!
「ああああああああ!」
ずりゅ。
腰の下あたりに何か違和感を感じた。
だが、その違和感の原因はすぐに分かった。
尻尾。
俺の腰の下あたりから尻尾が生えていた。
深紅の鱗に包まれたトカゲのような一ユードを超える長い尻尾。
え?
だが、初めて見た尻尾の使い方は本能的に分かった。
俺はすぐさまその尻尾を思い切り狼に叩きつける。
「ギャウウウッ!」
狼の骨が折れる音と共に、悲鳴が上がる。
強い。この尻尾は俺の体より格段に。
狼は危険を感じたのか、逃げるような動作をとる。
だけど、逃がさない。
俺は尻尾を狼の首を狙い巻き付けると、そのまま締め付ける。
骨が軋む音が響く。
そして、最後には首が折れる音と共に、狼を仕留めた。
「い……生きている」
肩からは血が溢れ出ている。
このまま、死んでしまうかもしれない。
けど、今まだ俺は生きている。
背中からは太い尻尾が見えている。
俺は命を救ってくれた尻尾をじっと見つめる。
けど、せっかく生き残ったのに俺の頭の中は真っ白だった。
「え? どうして尻尾なんて……? 俺は……いったい何者なんだ!」
頭が混乱して、何も分からなくて叫んだ。
分からない。
だって俺に尻尾があるなんて、おかしいじゃないか。
父さんは森人族のエルフ。母さんは人間族。
だから……蜥蜴(とかげ)族のような尻尾なんて生えるはずがない!
これは全部夢。
そうとしか思えない。
けど、肩の痛みが現実であることを教えてくれる。
これが現実だとしたら……母さんは俺の母さんじゃない。
だって俺は蜥蜴族のような獣人種の血が混じっているんだから!
「ああ……何も分からない」
もしかして父さんも俺の父親じゃないのかもしれない。
だから……俺はここに居るのか。
実の子供じゃないからここに捨てられたの?
辻褄があってしまう。誰も助けにこないのも。
こんな場所に捨てられたことも。
俺はただ絶望した。
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