クロが亡くなった
クロが亡くなった。
心の整理をするため、数日の時間を置いて投稿している。
しかし、いまだに心の整理はできていない。できるはずがない。
後悔ばかりが頭を回り、埋め尽くす。
彼が亡くなった原因は、癌ではない。私である。
私の不注意が、弱っていた彼を死にまで追いやった。
話は、彼が亡くなった日の前日に遡る。
その日、私はいつも通り昼休憩に自宅へ帰っていた。クロの鼻水と目やにと涎を拭き、薬と食事を投与するためだ。
爆速で自転車を動かし、帰宅する。
その日はたまたまスマホの不調でペットカメラを起動できない状況下だったため、仕事中に彼を確認することができなかった。
だから、ずっと彼のことが心配で堪らなかった。
帰宅すると、いつも通りのクロだった。撫でてやると喉を鳴らしていた。嬉しくてホッと胸を撫で下ろした。
鼻水と涎、目やにを拭き、薬と食事を投与し終え一息ついた頃────ふと彼の頭を支える枕の汚れが気になった。
クロは枕で頭を支えると呼吸がしやすいのである。
それを昼休みの間に洗濯し、綺麗にしてやろうと思った。
代わりに薄いタオルケットを頭の下に引いてやり、私は仕事場へ戻った。
それが、私が犯したミスである。
いつも通り仕事を終え帰宅すると、彼は息が荒かった。
私はその姿を見た瞬間に、頭が真っ白になった。
パニックになり、何をして良いか分からず、とりあえず彼をペットキャリーに押し込み、病院へ向かった。
先生はすぐに看病してくれた。色んな検査を終え、私の元に神妙な面持ちで来た。
「呼吸がしにくい状況だったんだと思います」。そう言われ、耳鳴りがした。私が、枕を変えたからだ。
彼は寝たきりで、うまく動けない。だから自分が呼吸しやすい位置にあった枕を、私が汚れているという理由で動かしたのが原因だったのだ。
私はただ、枕を綺麗にしてあげたかっただけなのだ。
綺麗な環境で、辛い中を少しでも快適に過ごしてほしかったのだ。
けれど、それが彼を苦しめる要因になった。
枕を変えて数時間、彼はずっと苦しいままだったのだろう。
そう考えると、胸がぎゅうと締め付けられ、胃液が込み上げてきた。
先生は「今夜は入院させます」と言ってくれた。病院には様々な設備が整っているだろうし、先生たちならきっとなんとかしてくれる。私はそんな淡い期待を抱いて頷いた。
その後、私はクロと面会できた。
クロは寛大な子だ。だから、私が失敗して彼を苦しめても、穏やかな表情で私の手に擦り寄った。
それが余計に私を苦しめた。
癌という苦しい病と闘っている最中、私は彼の足を引っ張ったのだ。
どうしようもない理由で、追い詰めた。
悔しくて、悔しくて。時を戻せないか、とさえ思った。
先生は「良くなったら退院させます」と言ってくれた。次の日も、見舞いに来て良いと。それまで、病院で面倒を見る、と。
次の日も会える。そう思った私は、その日の面会を三十分程度にした。
撫でて、顔を寄せて名前を呼んで、寄り添った。
「また明日、来るね」と告げて病院を去った。
それが、生きている彼と私の、最後のやりとりである。
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