抗がん剤について、再度
クロは、最近ほとんどボーとしている。
前までは名前を呼べば(呼ばずとも)膝の上に登り、ゴロゴロと鼻先をすり寄せてきた。それは癌になってからも同じだった。
まるで癌なんて嘘なんじゃないか、というほど彼は甘えん坊だった。
しかし、ここ最近のクロは目が見えなくなり、それ以降、動かなくなった。
いよいよか、と思うほどである。
パッと起きたかと思うと、ふらふらと壁にぶつかっていく。
まるでボケている老人を介護しているような感覚に陥る。
唯一の救いは、撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしてくれるところや、名前を呼ぶと尻尾の先を軽く揺らしてくれるところだ。
検索すると、名前を呼ばれて尻尾の先を揺らすのは返事をしている証らしい。
そう書いてあって、まだ私の声が分かってくれているのだなと思って大号泣したのは内緒だ。
クロの癌細胞は目にまで達している。
と、いうことはつまり、それは脳にもいくということ。
週に一〜二程度、私はクロを連れて病院へ行く。クロの経過を報告するためだ。
先生に「前とはかなり違う行動をする」と告げ、私が不安に思っていた脳への影響を聞いてみた。先生は「ひどい時はけいれんが起きる場合がある」と教えてくれた。
……けいれん。けいれん、か。
言葉を聞いた途端、私はなんだか一気に宇宙空間に投げ出されたような感覚に陥った。
けいれん。
ほんの数ヶ月前まで、おデブちゃんで元気で活発で甘えん坊だったクロからは想像もできない言葉だ。
とても、心臓が冷えた。なんでこんなことになったんだろう、と今更考えてもどうしようもないことを思った。
けいれん。
一度だけ、猫のけいれんをYouTubeでみたことがある。それは日常的に発作が起こる猫ちゃんを看護する飼い主さんが撮影したもので、このように対処した方が良いというものである。
興味本位で見た私は、ひどく混乱した。
もし、愛猫がこうなったら、私は平常心を保てるのだろうか、と。
いや、きっと保てない。最善の対応もできないだろう。飼い主失格である。
故に、クロがけいれんを起こしたらどうしようと、常日頃考えている。
平常心を保ち、彼をなるべく苦しめないように介抱しなければならない。
そこまで考え、ふと私はあること思っていた。
抗がん剤についてだ。
抗がん剤を使う選択を、私は手放した。
けれど、その選択が果たして正しかったのだろうかと疑問が頭を擡げる。
抗がん剤を使っていたら、クロは目も見えていたし、元気だったかもしれない。
おむつを履くこともなく、寝たきり状態になっていなかったのでは、と。
後悔が押し寄せる。選択が間違いだったかもしれない。
私はどうするべきだったのだろう。
考えても後の祭りだが、けれど、私に責任がまとわりつく。
答えは、やはり出ない。
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