いろんな世界

 クロは良く脱走する子だった。

 隙を見せては外に飛び出し、数日帰ってこない時もあった。

 こっちがビラを配り、真夜中や早朝を捜索して寝不足で探し回った翌日に、ケロッとした顔で帰ってくることもあった。


 クロにとって、外の世界はとても魅力的らしい。


 洗濯を干しに行く瞬間も見逃すことなく、ベランダへパッと飛び出す。すぐに捕まえるが、その数秒でも彼にとってはワクワクするのだろう。


 私はキャットタワーを窓際に設置し、外の世界を見せてやるようにしていた。

 もちろん、クロの特等席はキャットタワーの一番上である。そこから外の世界を見つめるのが日課だ。日向ぼっこをしながら、世界を見下ろす彼は帝王のようであった。


 癌になってから、一度だけクロが外に出ようとしたことがある。

 しかし、捕まえた私によってそれは阻止され、ノロノロと家の中へ帰宅した。

 それがほんの少し、可哀想に思えたのである。


 身内に「外が見えるペット用のリュックがあるから、それに入れて近所を散歩させようかな」と話していたことがある。

 それであれば自由に動き回ることはできないが、外にあるものを目で追うことが可能だ。


 しかし、それを行動に移す前に、クロは目が見えなくなってしまった。


 後悔ばかりだ。

 後悔ばかりが、ぐるぐると頭の中を回る。

 早めに行動に移していればよかった。

 彼を外に出してあげられるのは、他の誰でもない、私だけだったのに。


 彼に、もっといろんな世界を見せてあげればよかった。

 空の色を見て、人を見て、生き物を見て、心を弾ませて欲しかった。


 狭い部屋の中、彼は幸せだったのだろうか。

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