失明
クロは癌になってから弱々しくなってしまった。
ヨタヨタと歩く姿は悲しさもあるが、同時に可愛らしさも感じる。
一生懸命、私についてこようとする仕草は子猫時代を思い出して涙が滲む。
そんな彼がトイレまで移動する時、気がついたことがある。
いつもはスッと移動するのだが、その日は違った。フラフラと足取りが悪い。
しかし、それは足腰が弱くなったというものではなさそうであった。
壁に近づき、ぶつかる。置いてあった水入れに足を突っ込む。
まさかと思った。
その行動が、一度だけ見たことある目の見えない猫と同じものであったからだ。
私はすぐさま駆け寄り、目を見た。
扁平上皮癌になって以降、彼の瞳孔は開きっぱなしになっている。
片方の目は瞬膜と呼ばれる部分が半分を占めている。癌の影響らしく、最初は困惑したが、けれど可愛い彼のままである。
そんな彼の目は濁っていなかった。
私の中で、目が見えなくなるイコール白く濁るというイメージだったので、おむつの影響で歩きにくいのだろうと勝手に良い方へ思い込んだ。
簡単に言えば、現実逃避である。
彼が癌になった時も結果が出るまでは「良い腫瘍なのだろうな。これをほっといても治るし、軽い手術をしたら復活するだろう」と思い込んでいた。
薄々、私も感じていた。クロはもうすでに目が見えていない。
翌日、病院へ行った。先生に状況を伝えると、機器を取り出し、クロの目を見た。やがて間を置き、一言────「目の神経を圧迫されていますね。その影響で見えづらい状況になっています」。
私は落胆した。
専門家から告げられる言葉ほど、重いものはない。
先生はせめてもの救いをくれた。「見えない」ではない「見えづらい」と言ってくれた。そのほんの少しの言葉だけで、まだ彼が私の姿を捉えていてくれているのだと思える。
先生の話を聞いていて、心底「癌」という病気は気持ち悪くて憎むべき存在だなと再確認した。
人の体に勝手に住み着いて、どんどん侵食していく。
口の中に住み着いたかと思えば、目の神経を圧迫して見えなくさせるのだ。
本当に、本当に気持ち悪い。
悔しい。癌という存在が憎い。
残り少ない彼の猫生、もっと優しくしてくれたって良いじゃないか。
今、彼に私は見えているのだろうか。
亡くなるその時まで、私という不甲斐ない飼い主の姿を目に焼き付けて欲しかったが、それは叶わないらしい。
とても、悲しい。
彼は苦しんでいる。
それでもクロはまだ元気に生きている。
呼吸をして、甘えて、ゴロゴロとすり寄る。
彼を少しでも私の元へ来てよかったと思わせてあげたい。
できることは少ないけれど、頑張ろう。
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