食道チューブという選択

 彼の口に食べ物と薬を投与するたびに、血の泡を吹く(腫瘍にあたり、それが出血しているらしい)彼を見ているだけで胸が苦しくなる。

 こんな苦痛を与えたく無いのに、けれど飼い主としてしなければいけない事柄なのだと教える術もなく……。


 そんな苦悩を抱えた私に一筋の光が差した。


 それが食道チューブだ。


 ざっくり説明すると、首の後ろに穴をあけ(!?)そこから管を通し(!?)その管を胃に繋げ(!?)首から飛び出た管から食事を胃へ直接流し込む(!!??)というものである。


 文字より画像で見た方がわかりやすいが、一言でいえば「こんなことを愛猫にさせるなんて狂っている」で、ある。

 本当にグロテスク、という単語がピッタリの方法だ。

 猫の首の傷跡からチューブが出ている画像は、ひっくり返るほどショッキングなものだ。


 最初、私も「ここまでするか?」と顔を顰めた。

 飼い主のエゴという言葉を苦言化させたのが、この食道チューブという代物である。

 果たして、延命させるためにこんな苦行を強いても良いのか……。


 先生にクロが癌であると告げられた日、どうするか選択肢を与えられた。その中にさらりと「食道チューブという手もありますが、大抵の飼い主さんはそこまでするぐらいなら、と避けます」と言われた。

 その通りだろうな、と思った。

 正直言って、ひどく自己中心的なものだ。

 強制的に胃へ食べ物を投下し、それで延命を続けるだなんて。


 ────けれど、私には救いの手に見えたのだ。

 口の中の痛みに晒されながら最期を迎えるより、胃のなかにたくさんの食べ物を収めたまま、最期を迎えてほしいのだ。

 きっと言われるだろう「エゴだ」と。

 ……その通りである。エゴである。

 そうだ、その通りだ。それで、何が悪い。


 この癌は、結果的に餓死という形でこの世を去る猫だっている。

 腫瘍のせいで食事がとれないままこの世を去るのだ。

 申し訳ないが、私はそんなこと容認できない。エゴだと言われ、飼い主失格だと罵られても構わない。

 私は餓死でクロを失いたくない。

 だからこそ、私は食道チューブを彼につけるという選択肢を選ぶことにした。


 動物病院で相談した際、私は聞いた。「私はひどい飼い主でしょうか?」と。

 先生はこう言った。「側から見たら確かにひどいように見えるかもしれない。延命させるのをクロちゃん自身が「やめてくれ」と思っているかもしれない。けれど、飼い主さんの選択……私は間違っていないと思いますよ。ここのスタッフが飼い主さんと同じ立場になったら、みんなが食道チューブを選択します。それほど、良い選択だと私は思っています」「飼い主さんとクロちゃんのストレスを減らす、一番の手段だと思います」。


 ……本当はね、もっと良いことを言ってくれたんだ。

 私を慰める言葉とか、優しい言葉とか。けど、曖昧にしか覚えてなくて……。

 ただ、先生が「良い選択」だと言ってくれたことで、私は踏み出すことができた。

 ここで「そこまでする必要はないと思いますよ」と言われていたら、諦めていただろう。


 ……このまま腫瘍のある口の中に餌を投入し続ければ、「痛いことをしてくる飼い主に飼われていた」「食事は苦しいものだった」「辛かった」という記憶を残したまま、クロはこの世を去ることになる。

 けれど食道チューブという選択肢が私を救った。

 先生が勇気をくれたから一歩を踏み出せた。

 本当に、ありがたい。私はそう思っている。


 ここまで書いていてアレだが、手術はまだである。

 手術後のケアなどにかなりの不安があるが、クロはそれ以上に辛いので、私が弱気にならないように努める。

 まずはチューブをカバーするネックウォーマーを購入するために楽天を覗こうと思う。

 彼が健やかな最期を迎えることができるように、美味しく高カロリーなものも買わねばならぬ。

 出費は増えるが、痛くはない。

 クロの苦しみに比べたら、こんなもの。

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