食道チューブという選択
私の愛猫は、扁平上皮癌だ。その腫瘍は口内にできていて、食事をする際は大変困難である。そのため、食事を自主的に摂らず、どんどん痩せていく一方なのである。
そこで私が行なっている手法が、シリンジでの食事だ。ペースト状の猫用ご飯を吸い、口の端へシリンジの先端を挿入し、食べてもらうのだ。
もちろん、口が健康的な猫はこの方法でも嫌がらないだろう。しかし、クロは違う。口内が爛れていて、腫瘍が痛いのだ。そんな中、刺激物が投下されたら痛いに決まっている。人間だって涙が出るほど痛いんだから、あんなか弱い生き物はもっと痛いに違いない。
けれど、心を鬼にして食事を与えなくては、彼が痩せていく一方だ。今、クロが十分な栄養をとらなければ、さらに厄介な病気に蝕まれるかもしれない。そうなったら、元も子もないのである。
しかし、やはり愛猫に嫌われながら食事を与えるのはとても苦痛だ。現に、私の腕には今、彼から与えられた引っ掻き傷が多数ある。爪は切っているものの、彼の強い力で引っ掻かれると皮膚が抉れるのだ。
クロの「やめてくれ」という言葉がこの傷なのである。彼の苦しみを具現化したその傷を見るたびに、悲しい気持ちになる。
……食事を与えるときは、まだマシだ。もっと厄介なのは、薬である。
扁平上皮癌が発覚する前まで、彼はとても薬に抵抗がない猫だった。上を向かせてポンと錠剤を放り投げれば驚くほど綺麗に飲み下せる、優等生だった。
しかし、薬の投与を重ねていくたびに、それがストレスになっていた。苦味も相まって、彼にとっては苦痛な時間になったのだろう。
私は色々工夫をした。砕いてちゅーるに混ぜたりした。けれどあの天下のちゅーる様でも敵わないらしく、クロは拒絶を繰り返した。泡を吹き、全てを吐き出したりした。
そこで思いついたのが、カプセルである。人間用の空のカプセルを購入し、そこに砕いた薬を入れた。これであれば苦味を感じることはない。
その方法でなんとかうまくはいっていた。口に入れて水を注ぎ込めば自然と飲み下せる。
しかし、口に入れても顔を振り、カプセルを吐いたりした。それを再び口へ入れ……そう繰り返しているうちに、カプセルは溶け始め、中身が露出する。
私は悩んだ。そして、思いついた。
「カプセルを二重にすれば良いのだ」と。
小さめのカプセルに砕いた薬を入れ、その小さめのカプセルを、今度はひとまわり大きなカプセルに入れる。そうすれば二重構造の薬の出来上がりだ。
何度手こずってもカプセルが溶けることはまず無い。
これが、私の最大の発明である。(冷静に考えれば誰でも思いつくことだが、頭の悪い私には良い名案だったのだ。察してほしい)
しかし、そのカプセルも……うまく飲ませることはできても、口の中の炎症に触れれば普通に痛い。故に、ひどく嫌がるのだ。
私はそれが辛かった。
あと残り少ない命であるにも関わらず、薬が飲めない、食事がうまく与えられないというストレスを与えるのが。
そして残り少ない時間の中、こんなことでクロに嫌われてしまうことが……。
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