抗がん剤について

 タイトルの通り、私の愛猫は扁平上皮癌になった。

 私は最初、この癌は治療できるとばかり思っていた。しかし、現実はそう甘くない。素人の自分からすると「なぁんだ。口内にできた腫瘍を摘出すれば、治るじゃん! そのぐらい、今の技術なら余裕でしょ?」と考えてしまう。


 だが、現実は違う。うちの猫を例にあげるが、クロは上顎の奥にある。その部分を切除するとして(先生は「がっぽりと上顎を切除する」と言っていた)目や脳に影響が出るらしい。


 とどのつまり────大変手術は難しいのだ。何も知らない素人が考えるより、小動物の手術は難しいらしい。


 先生から手術は難しいと告げられた時「これだけいろんなものが進歩しているのに、小動物一匹も治せないの?」と思ってしまった。

 ……偉そうな言い方をして恐縮だが、しかし、癌で愛猫を亡くす立場の人間からするとこのぐらいの愚痴を吐きたくもなる。

 もちろん、面と向かっていう勇気など微塵もない。


 獣医から愛猫が扁平上皮癌であると告げられた時、ある程度は心の準備ができていた。

 しかし、何かしらの策を打てると思っていた。


 けれど、出された提案は「痛み止めを飲ませ続け、最期を看取る」という緩和ケアだった。

 「大体の飼い主さんはそうなさります。クロちゃんの場合、手術はまず不可能。放射線も────ですね。抗がん剤という手はありますが、あまり……」。詳しくは覚えていないが、獣医はそう告げた。

 彼女曰く(獣医は珍しく女医である。とても穏やかで良い先生だ。クロの最期を託せるような人柄である)扁平上皮癌に抗がん剤はあまり効果がないらしい。

 また、抗がん剤自体にデメリットがあるため、そこを踏まえて欲しいとのことだった。


 人間でも、抗がん剤という代物は厄介だとは聞いている。

 しかし、私は藁にも縋る思いであった。故に、最初は抗がん剤を投与しようと考えていた。少しでもクロらしく、痛みを感じずに最期まで……と考えていたからだ。

 抗がん剤を投与した分、もちろん寿命は伸びる。

 それは病気と戦う辛い期間を引き延ばす悪手でもある。

 非常に、酷いことだと自分でも理解している。けれど、私は────少しでもクロの痛みを拭いたかったのだ。


 だが、抗がん剤は副作用がある。吐き気や下痢、そして毛が抜ける、などだ。

 私は愛猫の見た目は気にしない。毛が抜けようがどうなろうが、特に気にしない。それは全飼い主が同じことを思うだろう。

 一番の懸念は、クロが吐き気などを覚えるかもしれないという点だ。短い残り時間を、体調不良で苦しめたくない。


 愛猫が扁平上皮癌だと聞いてから、少し間を置いて時間をもらった。計二日程度だろうか。その間に、どうするか悩みに悩んだ。色んな人のブログや動画を参考にした。けれど、やはり明確な答えは出なかった。


 悩みに悩んだ結果、私は「薬で痛みを和らげながら最期まで見届ける」というものだ。しかし、いまだにこの結果がクロにとって最善だったのか、私には不明である。

 これは私の勝手な判断だ。クロに了承を得て導き出した答えではない。つまりは独りよがりな考え方でクロの命を左右させたのだ。

 きっと、この判断は一生心に残るだろう。そして根深く蔓延り、暗澹たる気持ちを植え付ける。ふとした瞬間に思い出し「彼を苦しめたのは他ならぬ自分なのだ」と後悔するのだ。


 ペットを飼っている人間なら必ず思うだろう。彼らにしゃべって欲しい、と。もちろん、私も同じことを考える。そして、今まで以上にその考えに同意している。


 クロに聞いてみたい。本当はどうしたいのかを。

 抗がん剤を使ってもいいから、一日でも長く生きたいのか。

 それとも、痛みから早く解放されたいのか。

 ここまで書いて思ったのだが、彼の口から「もっと生きていたいよ」と言われたら、私はどこかへ身を投げてしまうかもしれない。

 だから、言葉は通じないほうがいいのかもしれない……そういう時もあるはずだ……やめておこう……考えれば考えるほど、陰鬱な気持ちが支配するだけだ。


 ……抗がん剤という道があるにも関わらず、その道を避ける私は飼い主として失格なのだろうか。

 こう思ったのはとある方のツイート(今ではポストだ。言いづらいからツイートと呼ばせてもらう)が原因だ。


 「手術や抗がん剤の手が残っている人が羨ましい。私の子はもう見届けることしかできない状況だったから」というものだ。


 これをみて、私の選択は果たして正解なのだろうかと再び考えさせられた。

 抗がん剤は悪いものではないはずだ。

 だからこそ、手段として存在している。だが、その道から外れ「緩和しながら最期を見届ける」というのは卑怯なのだろうか。


 答えは出ない。私は、どうして良いかわからない。

 これを書いている最中も、考えを改めようかと思っている。


 愛するものが弱っていく姿をただ見届けることしかできないのは本当に辛い。

 世界にはこれだけ様々な技術があるのに、小さな猫一匹救えない。

 本当に、気が狂いそうである。

 どれが正解なのだろう。どれが最善なのだろう。

 こう考えている間にも、彼は蝕まれている。その事実が、私を苦しめる。

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