飼い猫が扁平上皮癌になりまして
やがて何度かA病院に通っているうちに、口の中のポツリとできていたものは腫れ上がっていた。
明らかな腫瘍に先生はあまり驚いていなかった。手術も検査も進めなかった。
クロのできものは上顎の奥にあった。先生曰く「検査するときは肉片をもらう。けれどこの位置にあるものは取っても後々面倒なことになる」「それにこの位置にできるものは検査して病名が分かったところで手術ができない」と告げられた。
その時、私はこの腫瘍の重要性に気がついておらず、A病院から与えられる薬だけを投与していたら治るものだと思い込んでいた。(今思うと浅はかだと思うし、この時に何か手を打っていたら状況は変わったかもしれない。しかし、その時の自分を恨んでも意味がないので、無駄なことは考えないようにする)
そこから二週間ほど、私は薬を与え続け、病院へ行ってはクロの状況を診てもらっていた。
しかし、私はA病院に不信感を抱き始めていた。なぜ、ここまで通いつめても先生ははっきりとした答えをくれないし、良くならないのだろうと。
そこで自分で調べるうちに、とある病気に対面した。
それが扁平上皮癌だ。書いてある内容は恐ろしいものばかりで、手術しても意味がない、平均余命は三ヶ月、など────。
だが、人間とは愚かなもので、自分の猫だけは違うだろうと思い込んでいた。口の中にあるのはただのできものだし、薬を与えていたら治るのだと。奇跡が起こり、治るのだろうと。
けれど、私は我に返り、そんなことありえないのだと自分を叱咤した。
そこで私は、近所にあるB病院へ飛び込みでクロを連れて行った。「別病院で診てもらったが薬しかもらえない、今のこの子の状況はどんな感じなのでしょうか?」と。
先生は優しい人だったが、少し苦い顔をして「検査してみないとわからないけれどこれは扁平上皮癌である可能性が高い。以前通われていた病院の先生は検査を勧めなかったんですか? それはある意味、飼い主さんにお金を使わせないための優しさかもしれませんが、検査はしたほうがいいです」と言われた。
私はA病院で強く検査を勧められなかったのでズパッと検査をしたほうが良いと言ってくれた言葉に頷くことができた。
そこからはB病院に通い、検査をして、病名がわかって今に至る。
私は猫をずっと飼ってきたが、今まで扁平上皮癌という病気に出会したことがなく、この腫瘍の重要性や厄介さを知らずにいた。
もし、私が早い段階でこの病気について理解があれば、最初の時点で口内にあった小さなできもので判断できたかもしれない。
甘い私はこの段階で検査して手術したら、なんとかクロはもっと生きることができたかもしれないと今でも思っている。
故に、私の知識のなさでダラダラと薬を与え続けたことに後悔している。
扁平上皮癌は取ったところで再発する可能性が高い、とB病院の先生に説明された。早い段階でわかっても、結果は一緒だったかもしれないと諭されたこともある。
けれど、どこかでクロが助かる道があったのではないかと悩む日々なのだ。
しかし、こうやって悩んだところでクロの が治るわけでもなく、現在進行形で癌は彼を蝕んでいる。
彼の扁平上皮癌が発覚して一ヶ月以上は経過している。
この間にクロを動物病院へ連れまわし、ストレスを与え続けてしまった。しょうがないことなのだが、彼の決まってしまった最期までの短い期間を、私という不甲斐ない飼い主のせいで辛い思いをさせてしまっている。
日々強制給餌をして、食事が楽しいものだった彼にとって、食事が辛いものだと思わせてしまっている自分が憎くてたまらない。
けれど、強制給餌をしなければ、クロはもっと痩せ細り、それこそ不甲斐ない私のせいで殺してしまうことになる。
最終的に嫌われてしまっても、強制給餌をしながら薬を与え続ける────。
書き忘れていたが、私はクロを「薬で痛みを緩和させながら最期まで見届ける」という結果を選んだ。
抗がん剤を考えていたが、デメリットで彼を苦しめさせるより、最期まで痛みを感じずに(本当のところはどうか分からない。ただ薬を信じるしかない)、クロという飼い猫の猫生を全うしてもらいたいのだ。
弱ってしまっても、彼は元気だった当時のように私にゴロゴロと擦り寄ってくる。こんなか弱く尊い存在が痛みと苦しみの中にいるのだと思うと、自分が情けなくてたまらなくなる。
私のようなアンポンタンが想像もできないほど勉強をして努力を積み重ねた獣医が「どうすることもできない」と告げたのだから、私が「どれだけお金がかかっても彼を救いたい」と願ったところで文字通り「どうすることもできない」のだ。
本当に不甲斐なくてたまらない。これを書いている最中も、どうにか道はないだろうかと考えている自分がいるし、彼の癌細胞が自分へ転移して、明日から健やかな猫生を生きてくれないかと願ってしまう。
クロは十一歳だ。猫では老猫の一歩手前か、その部類に属するのだろう。けれど、私にとって「まだ」彼は十一歳である。
二〇年ほど生きて、穏やかに眠るように逝ってほしいと私はずっと願っていたし、なんなら今飼っている猫(クロを合わせて合計四匹いる)がみんなそうであって欲しかった。
クロは────彼はもう長くない。まだ十一歳なのに。
まだまだ、生きると思っていたのに。ここ数ヶ月で、それが全て変わってしまった。あぁ。あぁ。去年の今頃はこんなこと、考えもしなかった。寒い時期、寝る時にすぐさま私の元へ駆けつける彼を見て、一ミリも考えなかったことだ。
あぁ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
感情をぶちまけていいのなら、言いたい。神様、どうしてうちの子なんですか、と。
この世には悪いことをする奴らがたくさんいて、それが罷り通っている。そういう奴らがのうのうと生きていて、こんな小さく儚い命が十一年しか生きることができないなんて。
あぁ、あぁ、あぁ、あぁ……。
……こんなことを考えたところで、私のメンタルが徐々に壊れていくだけだ。現に、今も涙で画面が歪んでいる。
クロが一番辛いはずなのに、私がおかしくなっている。
最近は眠る前に色々考えてしまい、気が滅入り、夜中に「クロが冷たくなっていないか」と飛び起きる日々だ。
私が壊れていくにつれ、彼の苦しみが緩和されるのなら、私如きの苦しみなどいくらでも捧げる。しかし、そういうわけでもないので、飼い主である私がしっかりしなければならない。
色々書いたが────私にとって、初めて最初から最期まで看取る猫が彼だ。どうにかして、その最期をクロにとって「こいつの元にきて幸せだった」と思えるものにしたい。
私にできるだろうか。
いや、しなければいけない。
そのために、できることをやりたいと思う。
ここを決意表明の場にして、ただ書き連ねていきたいと思う。
彼が亡くなるその時まで、私はどんなことでもやりたいのだ。
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