第9話 小さな居場所 - 話せなくても分かり合える安心感
Aさんにとって学校は、多くの不安と緊張を抱える場所でした。しかし、そんな中でも彼女は少しずつ「自分の居場所」を見つけていきました。その過程は、決して簡単なものではありませんでしたが、話せない自分を受け入れてくれる人々とのつながりが、彼女の心を支えました。
初めての理解者
Aさんが中学時代、転校生のBさんと出会ったのが、彼女の転機の一つでした。Bさんは明るくて気配りができる性格で、Aさんが話せないことを自然に受け入れてくれました。
Bさんは、「別に話さなくてもいいよ。隣にいてくれるだけで安心するから」と言い、話すことを強制することは一度もありませんでした。そして、Aさんの表情やジェスチャーを丁寧に読み取ろうとしました。その姿勢が、Aさんにとっては「話せなくても大丈夫なんだ」という安心感を与えたのです。
言葉以外のコミュニケーション
AさんとBさんは、ノートにメモを書き合ったり、ジェスチャーで会話を楽しむことで友情を育んでいきました。例えば、授業中に「この問題どう思う?」とメモを見せると、Bさんが笑顔で返事を書いてくれる。そんなやり取りが、Aさんの学校生活を少しずつ明るいものに変えていったのです。
Aさんは、「話せないことで友達ができないと思っていたけど、そんなことはなかった」と振り返ります。言葉を使わなくても分かり合える関係があることを知り、自分の存在を少しだけ肯定できるようになったと言います。
私自身の居場所を見つける経験
Aさんの話を聞きながら、私も自分自身の経験を思い出していました。いじめられていた頃、私にとっても「話さなくてもいい」と感じさせてくれる人が、どれほど貴重だったか。誰かが無理に話を引き出そうとするのではなく、ただ隣にいてくれることが、どれだけ心を軽くしてくれたか。
Aさんとの関係も、そんな静かなつながりでした。言葉ではなく、ただ隣で共に過ごす時間が、私たちの居場所になっていたのだと思います。
居場所が持つ力
学校では、特定のグループに属することが求められることがありますが、場面緘黙症の子どもたちにとって、そうした環境はさらにプレッシャーを生むことがあります。Aさんにとっての居場所は、話せない自分をそのまま受け入れてくれる空間でした。
小さな居場所でも、それが「自分でいていい」と思える場所であることが重要です。その居場所が、彼女に少しずつ安心感と自信を与え、学校生活を乗り越える力になったのです。
話せなくてもつながれる
Aさんが話せないままでも友情を築けた経験は、私にも大きな教訓を与えてくれました。言葉は確かにコミュニケーションの重要な手段ですが、それがすべてではありません。相手の存在を認め、共に過ごす時間を大切にすることで、どんな関係にもつながりが生まれるのです。
次回は、Aさんが自分の中でどのように「話すこと」への恐怖を少しずつ乗り越え、前を向いていったのか、その内面の変化についてお話しします。
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