第7話 壁の外の彼ら<娯楽エリア>――3

 ざりっ、と足音を立てる。

 無論わざと。

 自分はここにいる、とアピールするが如く。


「何モンだ!!」


 テロリストたちが銃口を陽鞠に向けた。

 何も答えず、陽鞠は石を放つ。石ころは銃身に直撃し、内部が破壊されたような音がした。


「大人しく投降しなさい。私たちは『神域祓魔軍』です。皆さんを殺すつもりはありません」


 優しい口調に優しい笑顔で、陽鞠はテロリストたちに呼びかける。

 しかし、それに応じる様子はない。


「誰がお前らなんかに!!」

「待て!!」


 テロリストの一人が銃の引き金を引く。

 ――が、その銃口から弾丸が射出されることはなく、銃身が爆ぜた。


 石をぶつけられて故障した銃が暴発した。


「ひ、ひぃ……!!!!」


 暴発して顔の一部を吹っ飛ばされた男に愛莉が悲鳴を上げる。


「これはウチが殺したってことにはならないよね」


 不慮の事故だ。武器の扱いに慣れていない素人による悲しき事故。


「痛い目を見たくなければ武器を置いてください。これ以上反抗するなら私も――――」


 ぱぁん、と発砲音がした。

 弾丸は陽鞠の脇を通り過ぎ、まだ残っていた窓ガラスを粉砕した。

 撃ったのは、愛莉だ。


「ねぇ、見逃してよ」


 震える手で拳銃を構え、愛莉は陽鞠に言う。


「見逃すわけにはいかないでしょ。自分が何したかわかってる? 愛莉」

「うるさい、私だって、望んでこんなことしたんじゃないの!!」


 涙声の愛莉が、銃を下ろす気配すらない。


「じゃあ、何でこんなことしたの? どうして愛莉は、それを持ってるの?」

「……ズルいのよ、アンタたち『干渉者』が」


 呪詛のような低い声。

 大きな黒目の柔らかな瞳を、鋭い三白眼にして陽鞠を睨んでいた。


「何の力もない無力な私たちは、『異災』に怯えながら暮らしてるのよ。抗う術もない。何もできないまま、自分や家族が奪われる。アンタに、その恐怖がわかるって言うの……!?」


 そこにいた誰もが、愛莉に同意するかのような視線を、陽鞠に向けていた。


「だから欲しかったの? 力が」

「そうよ。これは、私が力を得るための第一歩なの」


 そっか、と陽鞠は歎息する。


「守りたかったんだね、皆のこと。だからそんなモノをウチに向けてんだ」

「悪い?」

「善悪をとやかく言うつもりはないよ。ウチと仲良くしたのも、ウチの監視のためとかなんでしょ? 全部、最初からこのために動いてたってことだよね」

「そうよ。だから何よ。答えてやったんだから、これで満足でしょう?」


 愛莉の言葉に、陽鞠は目を細めて「うん」と答えた。


「でもただ――愛莉の守りたいものの中に、ウチの存在がないことはショックだったかなぁ」


 友達だと思っていた相手に銃口を向けられたのだ。

 それで傷付く心くらいなら、陽鞠だって持っている。




 静かになった。

 荒れた店の中は、うめき声の一つもしない。


 手加減はできなかった。

 できれば死亡者一名、重軽傷者三名に抑えておきたかったが、ダメだった。


 顔の原型も残っていない友達に一瞥をやり、陽鞠は店舗を後にした。



「陽鞠!!」

『神域祓魔軍』のキャンプに黒衣の少年が飛び込んでくる。


「お、崇耶ぁ。お疲れ~」

 全身切り傷まみれの陽鞠が崇耶に軽く手を振った。

「仕事どうだった? あっちも爆発起きてたって那備木さんから聞いたけど。お手柄だったんでしょ?」

「いやそれは綴家さんのおかげだよ。俺は斬っただけで」


 いやそれよりも、と崇耶は手当て中の陽鞠に歩み寄った。


「怪我したって聞いたから飛んで来たんだよ。本当に大丈夫、なんだよな」

「平気平気。ちょっとした切り傷と火傷だよ。一週間もすれば治る治る!」

「本当だよな? 血管に棘とか入り込んで心臓に……」

「いやマジでないって! 医療系の『干渉者』の人に見てもらったけど本当に何もないって!」


 心配する崇耶をなんとか宥めた。


「……そっか、悪いな、取り乱して」

「別にいいよ。心配してくれてありがとう。てか、久々にテンパってる崇耶見れてラッキ~」

「うるさい」

 ニヤニヤと笑って言うと、崇耶は眉をしかめてぴしゃりと返した。


「てかちょっと懐かしー最近こういうやり取りとかしてなかったからさー昔はちょっと怪我するだけで心配してくれたじゃん?」

「いつの話してんだよ」

「あのときみたいにひまおねーちゃんって呼んでもいいよ?」

「よくねぇよ! 二か月早く産まれただけで調子に乗るな!」


 二人のやり取りに陽鞠の手当てをしている医療班の人が「仲良いですねー」と笑った。




 陽鞠の手当てを待つために、崇耶はキャンプの外のベンチに座っていた。

 遠くに黒煙が上がっている。『葦原ホール』の方向だ。


 あれは狼煙だ。

 亜門組を中心としたとある組織が、西天会や『神域祓魔軍』に宣戦布告をするために行ったものだ、と声明が出た。


 彼らは「神成しんせい軍」と名乗った。


 その目的は、人ならざる力を得ること。

 ――すなわち、只の人間を『干渉者』にすること。


「そんな良いものでもねぇぞ」


 宙に向かって崇耶は呟く。


 確かに人の役に立つ『通力』は存在する。例えば人間の肉体の内面を観測する『通力』とか。医療系の『干渉者』として、その人は働くことができるだろう。

 でも、全ての『干渉者』がそうとは限らない。破壊することしか能のない『干渉者』だって少なくない。


 崇耶の『通力』は、「視界に収まった物体を斬る能力」だ。

 射程距離は半径三十メートル。崇耶は、生物以外の物であればどんなに頑丈な物体も斬り裂くことができる。


 つまり――破壊に特化した『通力』。

 戦闘以外なら建物の解体工事に使える程度の利便性だ。


 少し頭を捻れば戦闘以外に使えることもない。

 それでも――悲劇や惨劇を生み出すには十分すぎる代物だ。


 これがあったから、壁の中では生きられなかった。

 これがあったから、家族は壊れた。――崇耶も、陽鞠も。


 彼らは『干渉者』とそれ以外の者たちの間には不平等がある、と唱えた。


 崇耶は思うのだ。『通力』が無くとも人間は強くなれる。力を手に入れることだってできる。

 彼らの渇望は理解できる。だが、彼らの理屈を理解することはできない。


 現に『干渉者』である崇耶は、『通力』を持っていながら「もっと強くなりたい」と、願っているのだから。

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異郷にて 佐倉ソラヲ @sakura_kombu

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