第5話 謎の液体散布事件
「お、落ち着け、落ち着かなきゃ。これアッキちゃんに全部読まれてるって、こと?」
いや、なんでだよ。
読み返してみて、わざわざあたしの愚痴の方だけに反応してきたアッキちゃんの心を考えると、嫌味では? なんて疑心暗鬼がわいてきた。
あたしの応援活動とか、黒歴史とはいえタトゥー落書きみたいな、ファンっぽいアピとか、全部無視してあたしの一番汚いところにだけ反応してきたってことだよね。
「見てるぞ」ってことだよね。
それって本当に……、
毒虫@dokuhakiuzimushi
見てんじゃねーよ
エゴサする方向性間違ってんだよ
すかさずアッキちゃんからいいねがつく。
それからも、毒虫アカウントで何か毒を吐くたびに、アッキちゃんからのいいね爆があった。
変な関係になっちゃったなあ、と思いながらも、あたしは毒虫であることを止辞められない。
おかしいな、あたしってこんな人だったっけ?
アッキちゃんを推すようになってから、知らなかった、見たくなかった自分とたくさん出会う。
でもなんだか、気のせいかもしれないけれど、アッキちゃんとあたしの距離が近づいているのを感じてしまう。
出来れば、いちご大福の方でこうなりたかったんだけど。
なんで、アッキちゃんはこんな毒吐き蛆虫をフォローしてくれたのかな。
石の裏をひっくり返して、気持ち悪い虫を探したくなるみたいな感じなのかな。
それで、飽きたらどこかに、行っちゃうのかな……。
ちゃんと認知を得るって、こういうことじゃないよね。
下らない嫌がらせじみた行為で構われようなんて甘えだよ。
それこそ、わざわざあたしに絡んでイジってくるあの男子、Tと同じじゃん。というところまで考えて、あたしは自分の子どもっぽさにつくづく嫌気がさした。
衝動のままに怒りを解放して気持ちよくなって、何してるんだろう。
あたしが怒るべきは、現実に関わるクラスメイトの侮りじゃないのか? そっちはへらへら笑って流してるのに、なんで推しに当たってるんだろう。
保健医の先生みたいに、さり気なく見せてくれた優しさを伝えられたなら、アッキちゃんにもっと真っ直ぐに愛を伝えられるのに。
梅雨が明けて、一学期の期末試験が迫っていた。
ただでさえ要領のよくないあたしは、アッキちゃんのことで頭がいっぱいでろくに授業も聞いてない。
浜野は最近、五井とよく帰りにマックで勉強しているらしい。五井が頭いい、っていうのは知らなかった。
運動神経がいい浜野に、勉強が出来る五井。
もうすっかり地味子Aと地味子Bじゃなくなってしまった二人に、あたしは気が引けて、距離を置くようになっていた。
きっと二人は、三年になってクラスが替わっても、友情が続くんだろうなっていうのが分かる。もしかしたら、卒業しても続く縁みたいなものを手に入れたのかもしれない。
あたしは……?
あたしは、なにもない。
鏡餅で、いちご大福(笑)《かっこわら》で、地味子Cで、イジってオッケーな陰キャ。
「もう無理かも」
残酷な現実と三角関数に打ちのめされたあたしは、自室の勉強机につっぷして呟いた。
考えることが多すぎて、試験勉強に身が入らないのだ。
エアコンをつけるほどでもない夜。ギィーギィーという、きれいとは言えない虫の音が、網戸にした窓から入ってくる。合間にピィーという高い声が混じるのは、別の虫だろうか。
部屋をかき混ぜるぬるい風は、まだ夏のにおいをさせていない。
最近呟いていなかった、いちご大福のアカウントを開く。
フォローしているのはSin-sのメンバーと、公式と、情報通っぽい古参ファンのアカウントだ。
昨日あったイベントの画像とレポがたくさん流れてきて、うらやましさにため息をついた。アッキちゃんの写っている画像は、自撮りでも他撮りでも全部かわいい。
最高にかわいい。
今日のイベント前の画像も神懸かってかわいい。あの
あと一時間もしたら、終了後のレポがたくさん上がるんだろうなあ。
「そうだ! 試験が終わったら現場参戦が待ってる! 頑張らなきゃ! 赤点取ってる場合じゃないんだ!」
気合を入れ直す意味で、頬を叩いて目を覚ました。
そこでペンを握ればいいのに、意志の弱いあたしはスマホに向き直った。
通知があったからだ。
公式からの【お知らせ】の文言が目に入った。
「え?」
公式の【お知らせ】とSNSでの情報(これはかなり混乱していたけれど)を総合したところ、どうやらライブで「なんらかの液体」が散布され、それにより一部のメンバーに療養が必要になった、ということらしい。
当然ライブは中断。
前列の男性が、ペットボトルに入れた水のようなものを、ステージや客席に撒いたという話も見た。
添えられ目撃情報のイラストは、お絵描きアプリに指で描いたようなへろへろの線だったけど、ツーブロックの髪型の、いかつめの男の人らしいことが分かる。
髪色はシルバーアッシュ、らしい。
そのツーブロのサイドの刈り上げ部分に、星のソリコミがあるのが特徴だという。一筆書きで書いたみたいな星。五芒星って言うんだっけ。
これまでライブ現場でそんな特徴的な髪型の男の人を見たことはない、というコメントがいくつかついていた。
撒かれた水のようなものを浴びた、という女の子の書き込みもあった。
べたべたして、しょっぱい、生臭い感じ、ということだった。少なくとも彼女は体調を崩したりはしていないみたいだけれど、一応病院に来ているらしい。
興奮からか、彼女の書き込みは何個にも分けて投稿されていて、これだけの情報を拾うのにも苦労する。
そして一番、あたしの不安を煽ったのが、療養することになったのがアッキちゃんらしいということだ。
これはファンからの情報ではなくて、公式からの追加のお知らせの中にはっきりと書かれている。
ショックを受けていて、次のライブの参加は未定と。
でも散布されたのは、硫酸や塩酸の類ではないらしい。あくまでも今集められる情報を集めた時点での予想だけれど。
混乱しながら、思いつく限りのキーワードで検索したり、ファンアカウントからファンアカウントへと辿ってみたりしているうちに、ひとつのコメントに行き当たった。
アッキちゃんの正面に立っていたらしいファンの証言だ。
アッキちゃんに液体がかかったとき、ジュウッ、となにかが焼けるような音がしたという。
同時にタンパク質が焼けるときの特有のにおいもしたらしい。
とっさに顔をかばったアッキちゃんの腕からは蒸気がたちのぼり、真っ赤に腫れあがったと。
え? やっぱりアシッドアタックじゃないの?
ますますわけが分からなくなる。
アッキちゃんのアカウントは当然ながら沈黙していて、ライブ前に投稿した書き込みに、ファンが競うように心配コメントをつけている。
どうしたらいいんだろう。
アッキちゃんに何が起こったんだろう。
公式発表は、どこまで本当のことを書いてくれているの?
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