第2話
「被告人を、拷問刑に処す」
裁判官の言葉は田崎を殴りつけるような衝撃を与えた。今まで内容が頭に入ってこなかったのに。
「嘘だろ」田崎が言葉をこぼした。「今まで俺が言ってきたこと、わかってねえのかよ!」
裁判官は哀れな感情を含んだ眼で田崎を見下ろしていた。
拷問刑だけは嫌だ。体を振って暴れる田崎は数人がかりで取り押さえられ、退廷を命じられた。
留置所に戻ったとき、刑務官の男がいやらしい笑みを浮かべて近づいてきた。
「死刑になると思っただろう」
田崎が答えないでいると、男は檻を掴んで顔を近づけてきた。
「お前がな、ここで独り言で『もうちょっとで死刑になれる』って呟いたのが聞こえたんだ。それを念のため報告に上げておいた」
男が言うには、拷問刑ができて以降、あえて死刑をまぬかれたい演技をする犯罪者が多くなったことで、二十四時間密かに監視態勢が敷かれており、都度報告があげられるようになっていたという。
「そんなことで俺が死刑になるのか」
刑務官を掴もうと腕を伸ばすも、わかっていたのかすぐに檻から離れた。
「拷問刑は怖いぜ。普通、拷問ってのは情報を聞き出すために行われるが、刑としての拷問は苦痛を与えることが目的だから、洗練された内容でお前は極限の苦痛に侵されることになる」
へっへっへ、と妙な笑い声を上げながら男は歩いていった。田崎は言いようのない恐怖にとらわれ、三角座りで体を縮ませた。
拷問刑が決まってから、田崎はすぐに刑務所に送られた。拷問刑囚も死刑囚と同じで独房が与えられていた。それは裏を返すと他の人物とコミュニケーションを図ることはできず、孤独に苦痛に耐えなければならないということだ。
「四三五六番、出ろ」
刑務官が田崎の番号を告げると、途端に目隠しをされた。誘導されながらついていくと、どこかの部屋に入ったのか、ひやりとした空気がたちまち体にまとわりついた。目隠しを外されると、白い壁に霜のようなものが、びっしりと覆っている。まるで業務用冷蔵庫の中身を見ているようだった。刑務官は分厚いコートを羽織り、黒い革の手袋をはめていた。みるみる指先がかじかんでくることに気づいた。
「寒いときの痛みはより鋭くなるだろう」
刑務官は金属バットを握ると何度か素振りした。もう一人の刑務官は田崎を椅子に座らせて手足や顔の向きでさえも固定した。縛られる寸前に抵抗すると、バットを持った男が手を目いっぱい開けて頭を掴んだ。指先から異様な力で掴まれる。卵の殻のように割れそうだった。暴れることを辞めると男は力を弱め阿多から手を離した。
「じっとしてろよ。殺しはしねえから」
バットを持った刑務官は田崎の真横に立ち、思い切りスイングした。途端、耳介が燃えるような熱さと痛みに襲われた。
「バットで耳を掠らせたんだ。フルスイングでな。痛いだろ」
田崎は思い切り目を瞑ったり、口内の肉を噛んで痛みを誤魔化そうとするが、冷気が傷口を刺すように痛みを膨張させていく。それでもやっと痛みが引いてきたかと思えば、もう一度フルスイングされ、早くも涙がこぼれてきた。
「これは初日だぜ。拷問刑に刑期満了はないから、お前の顔に老人斑がひしめき合ってもこれは続くぞ」
拷問は体感三時間以上にも感じたが、実際は一時間程度だった。受刑者が死なないように安全性を確保して極限の苦痛を与えるという。刑の執行が終わったときに刑務官の男が嫌みったらしく教えてくれた。拷問室を出ると、そのまま医務室に直行され、耳介の手当てをされた。耳が取れてなくなったと思ったが、実際には耳の至るところがひび割れたり擦り切れたりしているだけだった。この拷問刑は生涯続くので初日に耳を失うということはしないのだなとなんとなく思った。
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