第32話 下等生物
32 下等生物
本当に学校をサボって、遊園地がある駅に電車で向かう、恋矢達。
それは完全な制服デートで、恋矢としては内心テンションが上がる思いだ。
それでもむっつりスケベであるこの男は、そんな気持ちなどおくびにも出さない。
「って、すげえな、ココは。
手すりに掴る事なく、電車に乗る事が出来るのか」
「ははは。
私にとっては、この程度の事など朝飯前だよ。
ははは」
「………」
確かにココは結構揺れる電車の中にあって、バランスを崩さない。
一歩もたたらを踏む事なく、電車に立って乗っている。
恋矢も同じ事は出来たが、彼は彼女の顔を立てたのだ。
「ははは。
こんな事さえ出来ない下等生物が、私の彼氏とは片腹痛い。
恋矢ももっと、精進したまえ。
ははは」
「………」
いや、彼氏を下等生物扱いするな。
若干キャラが変わっているよ、お前。
恋矢としてはそう思うしかないのだが、恋矢はココと電車に乗っているだけで楽しい。
自分のチョロさを改めて実感しながら、恋矢は予定通りココとの時間を大切にした。
「……というか、今日も加賀がつけているって事はないよな?」
「さあ?
一応人ごみに紛れて尾行は阻止した筈だから、大丈夫じゃない?」
一昨日と昨日、良い所を加賀敦に邪魔をされた、恋矢。
お蔭で彼の神経は、若干過敏になっていた。
〝今日こそは〟という思いが、恋矢にはあったのだ。
いや、それ以前に、天井恋矢はデートなど出来る状態なのか?
昨夜、恋矢は埋葬月人に側頭部を殴られ、腹に蹴りを入れられた。
特に腹の傷は重傷で、アバラにヒビが入っている程だ。
常人なら体をよじっただけで、激痛が走る。
そんな状態にあって、恋矢はココの冗談を聴いて笑えるだけの余裕があった。
この男は確かにココが指摘する通り、ドMなのかもしれない。
それとも、十代の男子なら、デートのお誘いをふいにする事など無い?
男子なら自分の様に、怪我よりデートを優先する?
恋矢はどっちなのだろうと悩んでから、直ぐにそれにも飽きた。
今はココの事だけを考えようと、恋矢は気持ちを切り替える。
「と、その前に下調べをしておかないと。
遊園地って、何があるのかな?」
近所にある遊園地のホームページをスマホで検索する、ココ。
どうやら彼女は本当に、これが初遊園地らしい。
恋矢もそうであるが故に、ココをうまくエスコートできるか不安だ。
お蔭で恋矢も遊園地の情報を得る為、スマホを使う。
ジェットコースターや観覧車という知識はあったが、他の乗り物など恋矢は知らない。
今まで異性に興味がなかった恋矢としては、遊園地で遊ぶという発想すらなかったのだ。
それは、哀れと言えば哀れなのだろう。
それ程までに空虚な人生を、天井恋矢は歩んできた。
自分では人生経験が足りな過ぎると思いながらも、恋矢には一つの救いがある。
それはココも、今日が遊園地初体験という事だ。
お蔭で一方的に恥をかく事はなさそうだと、恋矢は内心ホッとした。
「と、お化け屋敷なんて物まであるんだ?
……不味いな。
私、お化け役の人を反射的に殴っちゃうかも」
「はぁ。
それは、どういうレベルの冗談だ?
ココは、実は特殊な訓練でも積んでいる?」
ココにしてはマシな冗談だなと思いつつ、恋矢はツッコンでみた。
ココは首を傾げた後、微笑んでみせる。
「そうだよー。
実を言うと私は、夜な夜な悪人を狩る殺し屋なの。
失敗した例は、今まで一度もない。
狙った標的は、必ずしとめる。
それが天井恋矢の、彼女なの」
「ハハハ。
それは、面白い冗談だ。
それじゃ、まるで埋葬月人じゃないか」
何一つ疑いを抱いていない恋矢は、本心から笑う。
ココは苦笑しながら、肩を竦めた。
「そう言えば、結局埋葬月人の件は有耶無耶になったね。
私達が得た情報を、警察に話した方が良かったかな?」
「――いや、それはよそう。
俺達はもう、埋葬月人に関わるべきじゃない。
その事は、昨日思い知ったばかりだろう」
「………」
何時になく強い口調で、恋矢はココを窘める。
彼は譲れない場面になると、ココ相手でも我を通す。
いや、ココの身の安全がかかっているのだから、それも当然と言えた。
「……そうだね。
ごめん。
私も反省不足だった。
もう埋葬月人の事は、忘れましょう」
「……ココにしては、珍しくしおらしいな?
一体、どうした?」
〝もしかして今日こそ生理なのか?〟と恋矢は思わず訊きそうになったが、勿論思い直す。
恋矢としては、ただココの心中を慮るだけだ。
「いえ、別に。
ただ、問題はもう解決したと判断しただけ。
昨日の時点で、ね」
「そうか」
急に素っ気なくなる、ココ。
恋矢もココも、問題は解決したと判断している。
ただ恋矢とココでは、大きな齟齬があった。
恋矢は、昨日の一件からココを遠ざけられたから、よしとした。
一方ココは、昨夜の一件を経た事で大体の事は把握したのだ。
それが何を意味しているのか――天井恋矢はまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます