第31話 ま、またデートですか?

     31 ま、またデートですか?


「と言う訳で――今からデートをしましょう」


「……はぁ?」


 何の脈略も無く、ココは突然宣言する。

 また意味不明な事を言い始めたなと思いながら、恋矢はその意図を訊いてみた。


「いえ、だって恋矢、今日は下ネタじゃあ元気づけられないほど落ち込んでいるから」


「俺は一度だって、下ネタで元気づけられた事はない! 

 まずその前提を、確かな物にしたい!」


「だったら、今日も学校をサボってデートするしかないでしょう? 

 彼氏にそんな気遣いまで出来る私って、実は健気?」


「………」


 ……この女は、本当に人の話を聴かねえな。

 人として大事なナニカが、欠落しているのでは?


 恋矢はつい、そこまで感じてしまう。


「それとも校内の、エロスポットを巡礼する? 

 保健室、屋上、体育倉庫、裏庭、女子更衣室、使われていない教室と様々あるけど、まずどこに行きたい?」


「デートでお願いします! 

 そんなくだらない真似をする位なら、デートの方がいいです!」


 心底から、恋矢は懇願する。

 結局ここでもココの言い分通りになったなと、恋矢は内心舌打ちした。


 これは将来尻に敷かれそうだと、恋矢は今から覚悟を決める。


「そっか。

 私としては人気のないプールがお勧めだったんだけど、恋矢がそこまで言うなら仕方ないね。

 恋矢が私に絶対服従を誓うと言うなら、私は喜んでその忠誠を受け入れるよ」


「……待て。

 俺は、そこまでは言っていない。

 ココに忠誠を誓うとか、人生を棒に振る様な物だろう。

 どこの好事家が、そんな真似をすると言うのか?」


 しかし人の話を聴かないココは、ここでもその真価を発揮した。


「じゃあ、恋矢はその忠誠心を示す為に――まず敦ちゃんのパンツを剥ぎ取って来て」


「――その時点で、警察が介入する事案だよ! 

 お前は彼氏を、性犯罪の加害者にするつもりかっ? 

 加賀だってな、一応女なんだぞっ?」


 いや、一応ではなく、れっきとした女子である。

 その前提を、決して忘れてはならない。


「……えー。

 私、敦ちゃんのパンツを、頭から被るのがユメなのにー」


「………」


「いえ、冗談はこの位にして」


「え? 

 冗談だったんですか?

 その割には目がマジでしたよ、ココさん?」


「今日は、どこに行こうか? 

 試しに、遊園地にでも行ってみる?」


 昨日は、街をブラついた。

 デートには違いないが、些か刺激は足りなかったのだろう。


 今日はその刺激を補いたいと、ココは提案する。

 ……此奴、完全に学校をサボる気だ。


 しかも、二日連続で。

 どういう方向性の優等生だよと、恋矢は危惧するしかない。


「大丈夫。

 私が命じれば敦ちゃんは、喜んで死さえ受け入れるから。

 昨日と今日の分のノート位、敦ちゃんなら見せてくれる」


「その場合、俺はどうするんですかね? 

 加賀は、俺に塩対応だからな。

 俺にだけは、助け舟を出してはくれないと思うんだけど?」


「え?

 その場合は敦ちゃんのノートを写した私のノートを、恋矢が写せばいいだけでは? 

 こう恋人らしく机をくっつけて、いちゃつきながらノートを写すの。

 きっと周囲の人々は、私達を祝福してくれるに違いないよ」


「………」


 その場合、女子はどうか知らないが、男子は間違いなく天井恋矢に牙を剥くだろう。

 祝福してくれそうな人間など、恋矢は全く思い当たらない。


 特に加賀敦あたりは、恋矢を今度こそ抹殺しかねないだろう。

 刺し違える覚悟で、敦は恋矢と殺し合う。


 容易にそう想像できるだけに、恋矢は遠い目をする。


「……ま、別にそれもいいけどね。

 で、何だっけ?

 遊園地に行くんだっけ?」


「うん。

 プールと言う案もあるのだけど――」


「――いや、それは待とう。

 俺達はまだ、健全なお付き合いをする時期だと思うのだ」


 ココの水着姿など見たら、正気でいられるか大いに疑問だ。

 その姿が永遠に、頭から離れないかもしれない。


 女子の制服姿にしか欲情出来ない恋矢だったが、水着は別腹なのだ。


「うん。

 そう言うと思ったから、遊園地にしたの。

 私、遊園地とか行った事がなかったから、一度行ってみたかったんだ」


「そうなんだ? 

 俺と一緒だ」


 思わぬ共通点を見つけて、恋矢は意外そうな顔をする。

 自分は特殊な人間だからそれも仕方ないと感じたが、ココまでそうだとは思わなかった。


 やはりこの少女は、謎の人物である。

 けれど恋矢としては、まだその点を致命的と言えるほど重要視していない。


 彼の幸運はまだ続いていて、恋矢は椅子から立ち上がる。


「で、今日も一度家に帰るのか? 

 駅で待ち合わせをする?」


「いえ、今日はこのまま出かけましょう。

 その方が、恋矢も喜ぶ筈だから」


「……え? 

 それは、どういう意味……?」


 嫌な予感を覚えながらも、一応訊いてみる。

 ココは恋矢に指をつき付けて、こう豪語した。


「ええ。

 私は既に恋矢は、制服姿の女子にしか欲情出来ないド変態だと見抜いているのよ!」


「――な、にィっ?」


 天地がひっくり返る程、驚愕する、天井恋矢。

 だが、恋矢はこの時、己の迂闊さを知る。


「……え? 

 もしかして、本当にそうなの? 

 適当に、言っただけなんだけど」


「………」


 お蔭で恋矢君は、頭を下げながら右手を突き出し、こう訴える。


「……いや、今のは無し。

 テイク2、という事で」


「………」


「――テイク2、お願いしますぅ!」


 そう食い下がる恋矢を――ココは何か哀れな物を見る様な目で眺めた。

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