第28話 勝敗
28 勝敗
それは、靴底に鉄でも仕込まれているかの様な、重い一撃だ。
現に恋矢はたった一撃攻撃を受けただけで、血反吐を吐く。
体をくの字に折った彼は、想像を絶する痛みを覚えて、尚も意識を朦朧とさせた。
そんな彼の頭を踏み台にして、埋葬月人は跳躍する。
恋矢の背後にある磯部八介の部屋目がけて、かの者は棍棒を突き出す。
矢の様なその業は容易に部屋の扉を破壊し、室内で警戒していた八介を捉える。
腹部を突かれた磯部八介は、その時点で死に体だ。
「がっ……はっ!」
壁に叩きつけられた八介に向け、埋葬月人は棍棒を振り下ろす。
それだけで磯部八介の頭はかち割られ――遂に彼は死亡した。
その凶行を、恋矢はただ眺めるしかない。
いや、既にまともに動ける体ではない彼は、それでも吼えた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ………っ!」
人の死を見た、彼。
〝あの時〟の様に、それを見届ける事しか、自分には出来なかった。
トラウマがフラッシュバックした恋矢は――暴走したのだ。
「何?」
ただ、後先を考えない恋矢のフィジカルは、埋葬月人の予想を超えていた。
あれだけの深手を負いながら、これだけの動きを見せる恋矢を、かの人はもう一度称賛する。
(フ――!)
だが、その渾身の一撃も、埋葬月人は受け流す。
恋矢は腹に足を添えられ、そのまま巴投げを受けた。
恋矢は、磯部八介の様に壁へと叩きつけられる。
いや、壁を破壊して庭まで吹き飛んだ恋矢は、もう一度血反吐を吐く。
今度こそ、決着はついた。
そう判断した埋葬月人は、この場から去ろうとする。
だが、その前にもう一度事態が動く。
「――成る程。
やっぱりこちらの挑発に、乗ってくれた訳ね」
八介の部屋に入って来たのは、もう一人の埋葬月人だ。
黒い仮面と、黒いコート姿のかの人。
日本刀を腰に下げているかの者は、抜刀して身構える。
その姿を見て――埋葬月人は一笑した。
◇
大きく息を吐く、日本刀を構えた、もう一人の埋葬月人。
仮に濱田研吾が居たなら、彼は大いに混乱しただろう。
〝これはどういう状況?〟とフリーズしたかもしれない。
確かに、これは異様な状態だ。
何せ埋葬月人が磯部八介を暗殺したと思ったら、別の埋葬月人が現れたのだから。
ただ当人達だけが、己がおかれている立場を正確に把握していた。
お互いに、目の前に居る相手は敵だと判断したのだ。
いや、日本刀の埋葬月人は、ハナからそのつもりで此処にいる。
三節棍の埋葬月人も、こうなる事は予想済みだ。
しかも、その結果さえ、日本刀の埋葬月人には分かっていた。
(――正に、想像を絶する化物!
私でさえ――この敵には手も足も出ない!)
それでもかの人は例の体術をもって、埋葬月人と交戦する。
背後をとる所まではいったが、三節棍の埋葬月人は、振り返りさえしない。
背後から繰り出された一撃を、埋葬月人はノールックで受け止める。
埋葬月人は振り返るまでもなく、日本刀の埋葬月人に攻撃を加えていた。
それを紙一重で躱しながら、かの人は床をゴロゴロ転がって埋葬月人の正面に移動する。
かの人は呼吸を乱しながら、気圧される様に庭へ後退した。
(やはり、無理、か)
試しに挑んでみたが、自分では埋葬月人を本気にさせる事さえ出来ない。
このままでは、嬲り殺しにされるだけだろう。
だからこそかの人は、気圧されるふりまでしたのだ。
自分に意識を向けさせ、その一手を悟らせない為に。
「な、に?」
音もなく、埋葬月人の背後をとる、天井恋矢。
彼は埋葬月人の意識がかの人に向けられている間に、埋葬月人の死角に入る。
これが正真正銘の――ラストチャンス。
そう思いながら、天井恋矢は拳を突き出した。
けれど、埋葬月人の反応はやはりはやい。
咄嗟に後ろを振り返った埋葬月人は、先程の様に恋矢の拳を受け流そうとする。
これではさっき程の交戦の焼き直しだ。
恋矢ではどう足掻いても、埋葬月人には敵わない。
だが、その前に、天井恋矢は埋葬月人の頭を掴む。
弧を描く様に跳躍した彼は、てこの原理で埋葬月人の首の骨を折ろうとした。
恋矢にとっては、正に必殺の業だ。
不意をつかれた埋葬月人に、この業は防げない。
いや、異様だったのは、一瞬にしてその事を埋葬月人が見抜いた点だろう。
埋葬月人は恋矢の様に跳躍して、首の骨を折らせまいとする。
実際、中空で恋矢の手を払いのけた埋葬月人は、ノーダメージだ。
片や、最後の力を振り絞った恋矢は、虫の息である。
それでも決して諦め様としない恋矢を見て、埋葬月人はこう判断した。
(逃げる、か)
既に、ターゲットは始末した。
これ以上の交戦は、合理的とは言えない。
いや、あの少年を止めるには彼を殺すしかないだろう。
そのつもりは毛頭ない埋葬月人は、だから塀を飛び越える。
既に路地を走っていた車の上に着地した埋葬月人は、片膝を立てながら腰を突く。
「ぐっ……がぁぁぁ!」
義憤に駆られている恋矢は、弱った体に鞭打って、塀を飛び越えた。
そのまま埋葬月人の後を追うが、埋葬月人は手を振るばかりだ。
完全にバカにされている恋矢は、尚も疾走を続ける。
だが、負傷している彼が、埋葬月人の車に追いつく事はなかった。
遂にその場に倒れた天井恋矢は――言い知れぬ感情と共に敗北したのだ。
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