第27話 天井恋矢対埋葬月人
27 天井恋矢対埋葬月人
地を蹴る――天井恋矢。
明らかにスーツ姿の組員とは毛色が違う恋矢を見て、もう一度、埋葬月人は笑う。
〝セキュリティ会社の人間か〟とあたりをつけた埋葬月人は、ここでも敵を迎え撃つ。
埋葬月人が三節棍を振り回し始めた途端、恋矢はその動きを止めた。
(正に――攻防一体の業!
ヤツの間合いに入れば、それだけで俺は殴打を受ける!
かと言って、敵がこのまま棒立ちな訳もない!)
現に、埋葬月人は疾走して、恋矢に迫る。
あの三節棍の射程内に入った時点で、自分は終わる。
そう確信していた筈の天井恋矢は、けれど鮮やかな動きを見せた。
意識を集中させる事で、恋矢の脳内のスイッチは切り替わる。
サヴァン症候群と同じ状態になった彼は、瞬時にして敵の動きを見通していた。
(ほ、う?)
事実、攻勢に出た恋矢の動きは、埋葬月人さえも感嘆させる。
振り回される三節棍の、僅かな隙。
その一点目がけて、恋矢は蹴りを放ったのだ。
埋葬月人にしてみれば、予想を大きく上回る動きである。
これではまるで、未来視と大差ない。
そうと思わなければ、恋矢の動きはとても説明出来ない。
だが、次に眼を開いたのは、恋矢の方だった。
(な、にっ?)
恋矢より遅く動き始めた筈の埋葬月人が、恋矢より速く動く。
かの敵は瞬時にして恋矢の狙いを見抜き、彼の一撃を躱したのだ。
(まさ、か。コイツ、俺より速く動ける――?)
敵の動きを見切れば、それ故に先手をとれるのが天井恋矢だ。
初速で他を圧倒する彼は、だから格闘戦では無敵と言えた。
けど、この敵は先手を取られながらも、それを補うだけの俊敏さを誇っている。
その事実を知った時、恋矢はフィジカルの面では劣勢にあると知った。
(さて、どうする、恋矢?
敵は紛れもない、正真正銘の化物だぞ)
自問する、彼。
しかし、裏を返せば、恋矢にはまだそれだけの余裕があった。
実際、恋矢は今も、埋葬月人の三節棍を躱し続けている。
その鋭い動きは、比喩なく残像さえ伴うほど速い。
攻勢に出ながらも、恋矢を仕留めきれない埋葬月人。
対して恋矢は、今は防御に徹するだけだ。
正に――超人対超人。
人を越えた者同士が――いま火花を散らす。
実の所、目を覚まして駆け付けた、濱田研吾もこの場に居る。
だが、彼は恋矢の援護さえ出来ない。
いま研吾が恋矢に声をかけただけで、恋矢の集中力は乱れるだろう。
参戦しても、恋矢の戦いのリズムを狂わせるだけだ。
研吾は咄嗟にそう判断して、この戦いを部下に委ねた。
自分の出番があるとすれば、それは恋矢が倒された後。
その時は間違いなく、命を懸ける事になるだろう。
(ああ。
それは御免なので、オマエが埋葬月人を片づけてくれや、恋矢)
頬に冷たい汗を垂らしながら、研吾は恋矢の勝利を祈る。
研吾がこの場に居る事さえ気づかないほど意識を集中している恋矢は、ただ回避を続けた。
(――やはり、このままでは、無理か)
その時、埋葬月人の動きが変わる。
恋矢はこの時、初めて心底から愕然した。
ギアを上げた埋葬月人は、やはり三節棍を振り回す。
ただ、その威力だけが別物だった。
(な、にっ?)
これでは、まるで暴風だ。
台風を二メートル程に圧縮したら、こういう光景になるかもしれない。
そう直感できる程に、埋葬月人が振り回す三節棍は、速くて重い。
埋葬月人の間合いに入れば、トラックでさえ一瞬で解体されるだろう。
〝何だ、これは?〟と恋矢は僅かに呼吸を乱す。
これが本当に人間の業なのかと、彼は我が目を疑いさえした。
(これは、さすがに不味い――?)
人間の限界を二歩ほど越えてきた、埋葬月人。
かの者に比べれば、天井恋矢さえ凡夫だと言うのか――?
その事を証明する様に、今も振り回されている三節棍が恋矢に向かって伸びる。
ダンプさえ薙ぎ倒すであろう疾風が、恋矢に迫った。
(避けるのは、無理!)
余りに速すぎる、埋葬月人の一撃。
そう覚悟した恋矢は、だから回避するのを止め、防御に徹する。
恋矢は敵の動きを予想して、頭を下げながら、三節棍を受け止めながら受け流す。
その流麗すぎる動きは、正に神業だ。
これは突進してきたトラックを、腕だけで受け流す様な物である。
それ程の妙技を、この少年もまた発揮した。
(ほ、う?)
埋葬月人が、二度目の感嘆を漏らす。
かの者の予定では、既にこの少年は自分の前で昏倒している筈だ。
確定性が高いその予想を打ち破った時点で、埋葬月人としては称賛に値する。
〝一体何者だ?〟とかの人は初めて、天井恋矢に興味を持った。
その間にも恋矢はただ、埋葬月人の業を受け流し続ける。
一撃受けただけで意識を失いかけないその威力を、恋矢は素手で受け流す。
正直言えば、恋矢自身、自分がここまで出来るとは思っていなかった。
それもその筈か。
今まで天井恋矢は、本気で戦った事がない。
彼を本気にさせた敵など、現れた事がないのだ。
故に恋矢自身、自分がどこまで出来るのかさえ把握していない。
彼は己の限界を、まだ知らないのだ。
よって、埋葬月人のギアが上がれば、恋矢のギアも上がる。
レベルアップを繰り返す彼等は、だから今も戦力が拮抗していた。
いや、天井恋矢の真価は今こそ発揮される。
彼の本当の力は、未来視ではない。
敵の動きに対して、最適解の対応を導き出せる点にある。
要するに恋矢は――戦っている内にどうすれば己の敵を倒せるか分かってしまうのだ。
その直感じみた業は、ここでも正しく機能する。
(ほ、う?)
ならば、埋葬月人は三度驚くしかない。
何せ恋矢に向けて放たれた自身の三節棍が受け流され、己に向かって弾き返されたから。
埋葬月人にしてみれば、正に虚を衝かれた形だ。
かの人は頭をさげて、その一撃を何とか躱す。
だが、その一瞬の隙を、この天井恋矢が見逃す筈もない。
今こそ勝機を得た恋矢は、必殺の一撃を、埋葬月人目がけて放つ。
弧を描く様に放たれた彼のアッパーが、頭を下げた埋葬月人に迫る。
正にカウンターという形で、恋矢の一撃は埋葬月人の顔面に決まるだろう。
だが、この時、恋矢はその偉容を見た。
あろう事か埋葬月人は、その一撃さえ躱したのだ。
(何、だとっ?
どういう運動能力と、反射神経だっ?
こんなの、もう人間じゃねえ!)
それでも、恋矢の喜悦は収まらない。
命懸けの戦闘に勤しみながらも、あろう事か彼はただ笑っていた。
誰かと戦って喜びを感じた事など、恋矢には無い。
その境地に至る前に、彼は何時も敵を倒してきた。
だが、この敵は、違う。
何もかも、別物だ。
彼はこの時、初めて自分と同じイキモノに出逢えたとさえ感じた。
(な、にっ?)
けど、それは彼の自惚れに過ぎない。
今の天井恋矢でさえ、まだその領域には達していないから。
(ええ。
もう少し遊んでもいいけど――そろそろ潮時ね)
恋矢が異能を使えるなら、かの者もまた異能を発揮できる。
恋矢がその発想に至らなかったのは、彼が無意識にこう感じていたから。
即ち〝その異能が発揮された時点で――自分は敗北する〟と。
現に、天井恋矢は、その異常事態に見舞われた。
(は――?)
彼の歯車が、狂う。
頭の中が真っ白になって、脳がうまく機能してくれない。
一瞬だけ頭の中に空白が出来た彼は、だから埋葬月人の動きが読めなかった。
しかも、その影響を受けたのは恋矢だけでなく、この場に居る全員だ。
彼等はこの瞬間、恋矢を除いて全員気を失った。
その間に埋葬月人の一撃が、恋矢の側頭部へ叩き込まれる。
手加減されて放たれたソレは、けれど恋矢の意識を白濁とさせた。
だがその場に踏み止まった彼は、最後の悪足掻きに出る。
何の計算も無く突撃した恋矢は、埋葬月人に殴りかかった。
だがその前に――埋葬月人の横蹴りが天井恋矢の腹部に炸裂する。
この時――天井恋矢は確かに何かがひび割れる音を聴いた。
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