第26話 埋葬月人Ⅱ
26 埋葬月人Ⅱ
恋矢がその異常に気付いたのは――言わば必然だ。
彼が立っている真正面には、西の塀がある。
それは昨夜の敵が、逃走した場所だ。
あろう事か――その塀の上に仁王立ちする人物が居た。
昨夜の通り、黒い仮面と黒いコートをかの人は纏っている。
忍び込むでもなく――かの者は実に堂々としていた。
その余りの潔さを見て、恋矢は己の目を疑う。
「な、に?」
しかし、それは同時に天井恋矢を大いに呆れさせる。
恋矢は敵がどう攻めて来るか考えてきたが、まさか正面突破を目論んでくるとは思わない。
恋矢には、それこそ〝バカな!〟という感情があった。
「――何を考えてやがるっ?
みすみす、的になる気かっ?
このままだと組員達に、四方八方から強襲されるだけだぞ!」
あの特殊な体術は一対一の時、初めて力を発揮する。
集団戦闘でもある程度の効果はあるだろうが、周囲を囲まれれば逃げ場は狭められていく。
そんな状態で、敵は磯部八介のもとまで辿り着ける?
答えは恐らく――ノーだ。
この度し難い暴挙を前にして、あの敵と敵対している筈の恋矢でさえ息を呑む。
思わず〝――オマエは何をやっているんだっ?〟と叫びそうになった。
その敵が塀から下りて、悠然と歩を進めてくる。
西の塀を警護している組員と連絡が取れなくなった組員達は、即座にその異常を察知した。
「――敵だ!
昨夜のやつだ!
庭を警護しているやつは、敵を迎え撃て!
外を警護しているやつは、敵の仲間が奇襲してくるのを警戒しろ!
とにかく殺してもいいから、やつを止めろ!」
わらわらと、組員達が集まって来る。
昨夜より増員されたその数は――五十名に及んだ。
敵は――いや、埋葬月人は足を止めた。
何の為に?
もちろん埋葬月人こそが――磯部八介の兵隊達を迎え撃つ為だ。
警棒で武装している組員達は、一斉に埋葬月人を強襲する。
組員五人による、同時攻撃。
それは常人では防ぎ様がない、暴力の洗礼だ。
恋矢であっても、この窮地から脱するのは難しい。
その渦中にあって、埋葬月人は一笑するだけの余裕があった。
「な、にっ?」
埋葬月人が首にぶら下げていた、三節棍を手に取る。
埋葬月人主催のショーは、今こそ幕を開けた。
三節棍を縦横無尽に振り回す、埋葬月人。
その鮮やかな動きは、まるでヌンチャクを操るアクションスターの様だ。
ただ、その動きには、明確な暴力が伴われていた。
「ぐっ?」
「がっ?」
まるで生き物の様に動くその三節棍は、余りにも的確に組員達の頭を叩きのめす。
その様は獲物に対して食らいつく、大蛇にも似ていた。
埋葬月人が三節棍を振り回す度に、みるみる組員達の数は減っていく。
五十名にも及ぶ男達が、たった一秒程で半数まで減る。
しかも彼等は、まだ埋葬月人に手さえ触れていない。
この圧倒的な暴力の形を見て、恐怖を覚えた組員の一人が遂に拳銃を取り出す。
彼は八介の許しを得ぬまま、遂に発砲した。
「な、にっ?」
それでも埋葬月人は、三節棍を振り回すだけで、弾丸さえ防御する。
いや、彼はこのとき奇怪な光景を見た。
埋葬月人が彼に向けて三節棍を突き出すと、三節棍は彼に向かって伸びたのだ。
目の錯覚ではなく、確実に十メートルは伸びた。
現にこの一撃によって、その彼も額を殴打され、昏倒したではないか。
この一事が切っ掛けとなって、組員達は遂に遠距離からの一斉射撃を始める。
だが、埋葬月人は三節棍を一つの棍棒に変えてから、超速回転を始めた。
その棍棒を自在に伸縮できる埋葬月人は、だから一回転する間に、組員達を薙ぎ払う。
側頭部に気を失う程の打撃を受けた彼等は、その時点で全員無力化された。
この圧倒的とも言える戦況を見て、天井恋矢は喜悦する。
(あの野郎、昨夜は猫を被っていやがったな!
これがヤツの、本当の戦闘スタイル!)
だが、その喜悦は戦慄を押さえる為の物でもある。
歓喜と絶望が入り混じる中――いま天井恋矢は地を蹴った。
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