第22話 初めての食事

     22 初めての食事


 やがて――早すぎる夕食は始まった。


 現在時刻は、午後四時。雨雲に遮られて見えないが、まだ日は落ちていない。

 ただ埋葬月人の調査を優先していた恋矢達は、しっかりとした昼食をとらなかった。


 屋台のたこ焼きを昼食代わりにした恋矢達は、要するにお腹がすいていたのだ。


「……おお! 

 お世辞抜きで、美味しい。

 恋矢って、何者なの? 

 もしかして、シェフとか目指している?」


「………」


 今もペペロンチーノを食べている、ココ。

 片や恋矢は〝それは俺の台詞だ〟と思う。


 一体、何でこんな所に住んでいる? 

 家族は、どこに居るのか?


 今の生活に不満を感じていない篠塚ココとは、一体誰?


 恋矢としてはそう思うしかなく、ただ疑問だけが募っていく。

 

 それを口にしないのは、恋矢が今もこの部屋に圧倒されているから。

 恋矢が何かを間違えば自分とココの関係は破綻する。


 そんな予感に苛まれているが為に、恋矢はいつも通りココと接した。


「……そうか? 

 俺としては、極めて普通の家庭料理だと思うけど」


 それは、事実だ。

 恋矢の料理の腕は、特に優れてはいない。


 中の中の上といった所で、店が持てるほど洗練されている訳でもない。

 だが、ココ自身が言っていた通り、ココはお世辞を述べている様には見えなかった。


 お蔭で恋矢は、ココが普段何を食べているのか大いに気になる。

 彼は、その疑問くらいは解消する事にした。


「……えっと、ココって何時もどんな物を食べているの?」


「んん? 

 普通に、飲むゼリーとかだけど?」


「――それは、レトルト食品でさえない! 

 栄養はとれるけど、もう味気なくて仕様がないだろうっ?」


「えー」


 まさかダメだしされると思っていなかったのか、ココは不満げな声を上げる。

 いや、それもこちらの台詞だと、恋矢は思うしかない。


「……え? 

 ココは、ダイエットでもしているの? 

 米とか味噌汁とか、恋しくならない? 

 まさか、食事は何時も三食、飲むゼリーで済ませている?」


「そうだよー。

 飲むゼリーは、便利だよー。

 何しろ、お湯を注ぐ手間もかからないからね。

 蓋さえ開ければ、もう食事をとる事が出来る。

 短時間で食事を済ませられるし、あんな便利な食糧は他にないよー」


「………」


 此奴、マジで、ヤバい。

 学校ではなまじ常識人であるが故に、異常な所が際立って見える。


 けど、言われてみれば、恋矢はココが弁当を食べている姿を見た事がない。

 昼休みになるとどこかに行ってしまうココを、恋矢は何時も見失っていたのだ。


 その時点で、ナニカがオカシイと思うべきだった。

 いや、それを言うなら、今こそ恋矢はココの異常性を本人に伝えるべきだろう。


 これはその好機で、ある種の運命とさえ言える。

 だが恋矢はまだ怯んでいて、とても何かを言い出せる精神状態ではない。


 今の彼は食事をしながら、ココと会話を重ねるしかない。


「……ああ。

 だからこの部屋は、椅子や机さえ無い訳か。

 飲むゼリーが主食なら、ベッドで横になりながらでも飲めるしな」


 実際、机がないので、恋矢達は床に座りながら食事をしている。


 恋矢としては〝一体何なんだよ、この状況は?〟と思うばかりだ。


「そうだよー。

 飲むゼリーを、バカにしちゃいけないよー。

 飲むゼリーは携帯食としても使えるから、本当に利便性が高いのー」


「………」


 それでも、台所には調味料や冷蔵庫は完備されていた。

 けど、その冷蔵庫には、確かに飲むゼリーばかり入っていたのだ。


 せめてもの救いは、全く量が減っていないソースやタバスコも入っていた点だ。

 飲むゼリーが主食なのに、一体何でこんな物があるのだろうと、恋矢は素直に疑問に思う。


「あ、それは何時かお料理に挑戦しようと思って、用意しておいたの。

 まあ、それも一年くらい前の話なんだけど」


「………」


 全く家庭的ではなかった、ココ。

 世の中にはカエル化現象なんて物があるが、それでも恋矢のココに対する心証は変わらない。

 

 ココの笑顔は見ているだけで心が癒されるし、素っ気ない態度も堪らなく好きだ。

 でも、だからこそ恋矢は、ココの私生活に疑問を抱く。


 篠塚ココは刑務所同然の部屋に住み、ろくな食事もとらない。

 しかも彼女は、一人暮らしであるかの様に思える。


 一体、篠塚ココには、どんな事情があるのか? 

 恋矢は興味本位ではなく、純粋な気持ちからそれが知りたいと感じた。


(……今こそ、意を決する時か? 

 攻めの姿勢の方が、よりより未来を迎えられる……?)


 彼女の部屋に居ると言うのに、恋矢は生きた心地がしない。

 恋愛とは別の緊張感が、恋矢の胸裏を支配している。


 実の所、恋矢は緊張の余り、もう何度か吐きかけていた。

 そこまで追い詰められている人間に、その原因を解明しろと言うのはやはり酷だろう。


 現に天井恋矢は、ひよった。

 彼は〝……今日の所は様子見という事で〟と、問題を先延ばしにしたのだ。


「美味しー。

 私の舌をこうまで圧倒するとか、恋矢はきっといい主夫になるね」


「………」


 俺が主夫なのは、もう決定なのか? 

 俺ってもしかして、ココの雑用係なのでは?

 

 そう疑問視する恋矢は――それでも愛想笑いを浮かべていた。

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