第17話 襲撃

     17 襲撃


「ココォォォ――っ?」


 三時の方角に蹴り飛ばされる――篠塚ココ。


 ゴミ捨て場まで吹き飛んだ彼女は、その時点で気を失ったかの様に見えた。


 現にココは気絶したかの様に、ピクリともしないではないか――!

 

 余りにも、訳が分からない現実。


 何で一般人であるココが、蹴り飛ばされる?

 

 一体、彼女が何をしたと言うのか――?


 いや、例えどんな理由があろうと、かの者の所業は赦される物ではない。

 特に天井恋矢にとって、この光景はとても認められる物ではなかった。


 だが、恋矢はこの時、僅かな間フリーズする。


 それはどちらを優先するか、迷った為だ。


(――ココの状態を、確認するっ? 

 いや、今隙を見せれば、俺もやられかねない! 

 そうなれば俺もココも、きっと殺される! 

 今はこの野郎をブチのめすのが、先! 

 それがココの安全を、確保する事にも繋がる――!)

 

 彼の立場からすれば、まだ冷静な思考の変遷だ。

 真っ先にブチ切れて、敵に向かっていかなかっただけでも、彼は称賛に値する。


 だが、敵を倒す事がココの安全にも繋がると悟った時点で――天井恋矢はキレた。

 篠塚ココをこんな目に遭わせたかの者を――天井恋矢は決して赦さない。


 今――謎の襲撃者と天井恋矢の戦いは幕を開けたのだ。


     ◇


 敵に向かって駆け出す前――恋矢は改めて敵を観察した。


 驚いた事に、敵は昨夜の襲撃者と同じ格好をしている。

 黒い仮面と、黒いコート。

 

 ただその身長と体格だけが、違っていた。

 

 身長は恐らく、二メートルを超える。

 筋肉隆々であるその人物は、恐らく男だろう。


 身なりは同じだが、間違いなく昨日の襲撃者とは別人だ。

 だがここまで服装が同じ人間が、昨夜の襲撃者と無関係だとは思えない。


(つまり所長の読み通り――ヤツには仲間がいたっ?)


 けど、その一方で恋矢の思考は僅かに混乱する。

 何故なら彼は、昨夜の襲撃者の正体にあたりをつけていたから。


 だがその人物に、こんな怪物じみた知り合いがいる? 

 恋矢はその点が、大いに疑問だ。


 ソイツはきっと、単独犯の筈。

 仲間が居ても、こんな見知らぬやつとは組まないだろう。


(要するに――俺の予感は間違いという事っ? 

 襲撃犯はアイツじゃないって事か――っ?)


 ――0.5秒にも満たない短い間に、恋矢はそこまで推理する。

 片や目の前の男は、容赦なく恋矢さえも襲撃した。


 ヒグマを連想させるその男は、容赦なく恋矢に向けて拳を放つ。

 一撃でコンクリートの塀さえ破壊しかねないその拳が、恋矢へと迫る。


 一撃必殺と言えるその業は、けれど恋矢によって受け止められていた。

 だが、体格や体重の差は、余りに歴然だ。


 恋矢より四十キロ以上重い彼の拳は、天井恋矢を容易に吹き飛ばす。


(ぐっ……つっ!)


 地面をゴロゴロと転がりながら、恋矢は何とか体勢を立て直した。

 だがその間にも件の男が恋矢に突撃してくる。


(こいつ、本当に――熊さえ素手で殺しかねない!)


 それだけの、圧倒的なパワーを、男は誇っていた。

 普通に考えれば、元日本チャンプである安藤のパンチさえ彼には通じないだろう。


 世界大会に出場した川島でも、彼を投げられるかは、大いに疑問だ。

 対して、天井恋矢には安藤達の様な実績はない。

 

 経歴から見れば、天井恋矢は只の一般人に等しいのだ。

 そんな彼が、ヒグマさえ倒せそうな怪物とどう戦えと言うのか――?


 そんなのは既に、天井恋矢の死を意味している。

 彼はこのままだと、篠塚ココと共に殺されるだろう。


 恐らくこの場に加賀敦がいれば、そう確信したに違いない。

 いや、敦なら恋矢を囮にして――ココだけでも助ける?


(……あー、アイツなら本当にそうしかねない)


 そう思う一方で、恋矢はそれこそが妥当な判断だと感じた。

 彼はココさえ無事なら、本当にそれだけで満足なのだ。


(だというのに、この野郎は俺のココに蹴りを入れやがったァ――っ!)


 今も沸騰を続ける、恋矢の思考。

 己が冷静さを欠いている事に、今の恋矢は気付きもしない。


 ならば――この戦いは恋矢の敗北で幕を閉じるだろう。


 普通、これだけの体格差がある場合、恋矢は機転をきかす他ない。

 敵を誘い込んで地の利を得るか、武器を見つけてそれで攻撃する。


 頭を使って戦わなければ――とても天井恋矢には勝機など無いのだ。

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