第18話 決着
18 決着
だが、怒りに震えている恋矢の視野は、いま極限まで狭められる。
彼はこの敵を、殴り殺す事しか考えていなかった。
だがそんな事は、不可能だ。
くどい様だが、これだけの体格差がある以上、格闘戦では天井恋矢に勝ち目は無い。
少なくとも敵である彼は、大いにそう確信する。
後一撃攻撃を加えれば、その時点で恋矢の意識は途切れるだろう。
そう確信して放たれた蹴りは、しかし思わぬ結果を生んだ。
(な、にっ?)
あろう事か、恋矢は頭を下げてから蹴りを躱し、そのまま敵の蹴りを受け流したのだ。
結果、敵はバランスを崩して、たたらを踏む事になる。
天井恋矢という魔眼の担い手は――いま顔を上げた。
「ああ。
てめえの動きは――もう視た」
「……何だと?」
それが何を意味しているのか、彼にも分からない。
ただ彼はこの時、直感だけで〝何かが不味い〟と感じる。
それが現実の物になったのは、次の瞬間だ。
「――フ!」
体格差がある相手に対し、天井恋矢は無謀な疾走を開始する。
ならば彼は、恋矢を迎撃する他ない。
放たれる殺人的な拳と、それを眺めるしかない、恋矢。
いや、天井恋矢は敵の一歩先を行き、その一撃さえ受け流す。
その絶妙ないなし方は、敵のパワーを利用して、敵の腕を明後日の方角に曲げる程だ。
(……バカ、な!)
絶対的に有利である彼はその実――今のやりとりだけで右腕を折られる。
いや、彼には恋矢が、自分がどう動くか予め分かっているかの様に見えた。
だが、そんな筈はない。
そんな事は、人間では不可能だ。
加えて、天井恋矢は間違いなく只の人間である。
いや、それでも〝只の〟と称するのは語弊があるか――?
何故なら彼の脳は、常人とは少し違っているから。
世の中には――サヴァン症候群という症状がある。
それは多くの場合、知的障害を持っている人物が、超人的な能力を発揮する症状と言えた。
スパコン並みの計算速度を誇ったり、写真さながらの絵を描いたりとその症状は様々だ。
あろう事か天井恋矢は――そのサヴァン症候群を意図的に起こす事が出来る。
意識を集中させる事で、彼の脳のスイッチは、サヴァンへと切り替わるのだ。
彼の場合戦闘に限るが、恋矢は一瞬で敵の癖を覚える事が出来る。
彼はその情報をもとにして、敵が次にどう動くか知る事が出来るのだ。
いや、一瞬で一兆手先まで見通せる天井恋矢は――既に予知能力者とさえ言えた。
ただ、恋矢は敵の動きを見切る為に、敵に先手を取らせると言うリスクを負っている。
脳に負担がかかる為、この能力は大抵一対一の時しか使わない。
人間でありながら、確かに人間を越えた存在。
フィクションの住人ではなく、現実に存在するある種の超能力。
それこそが天井恋矢が誇る――最大の矛と盾だ。
恐らく格闘戦で天井恋矢に勝てる者は、稀有と言える。
敏感にその事を感じ取った彼は――だから速やかに逃走した。
「……って、予想通り逃げるな、この野郎!」
更に言えば、彼は恋矢が追ってこない事も分かっていた。
恋矢は自分より、負傷した篠塚ココを優先する。
そう確信していた彼は、実際、恋矢の間合いから完全に離脱する。
恋矢は敵の撤退を見届けてから、即座にココの介護にあたった。
「――ココォ!
大丈夫か、ココォ……っ?」
首の骨を折っている可能性があるので、恋矢は倒れたままのココを起こそうとはしない。
ココに意識があるか確認する恋矢だが、今の所、彼女は目を覚まさない。
恋矢は直ぐに救急車を呼んで、今もココに呼びかける。
十五分後には救急車がやってきて、二人は病院に運ばれた。
幸いにも恋矢は、救急車の中でこんな話を聴く。
「大丈夫、呼吸も脈拍も安定している。
首の骨も折れてはいないし、命に別状はないわ」
「……そ、そう、ですかぁ」
救急車の中でへたり込む、恋矢。
彼は今にも泣きそうな面持ちのまま――篠塚ココと共に病院に到着した。
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