第13話 ココの推理

     13 ココの推理


 結局昨夜は磯部邸に泊まり――朝になってから恋矢は電車で家に帰った。


 そのため恋矢は、徒歩でもココを磯部邸に案内出来る。

 彼はここでも、半ば事実を語った。


「えっと、この辺りかな? 

 この付近で怪しいやつが現れて、俺とぶつかりそうになった」


 磯部邸の西の塀の辺りで、恋矢はそう説明する。

 正確に言うとそれは嘘だったが、この位置から東に進むと敵と対峙した場所になる。


 敵が逃げたのも西の塀からだったので、完全なデタラメとは言えない。

 そこまで話した恋矢を余所に、ココはこう呟く。


「そう。――失敗したの」

「……え?」


 恋矢が僅かに息を呑んだ理由は、ココの呟きに嘲りが含まれていた様に感じたから。

 気の所為かと眉を顰めていると、ココは恋矢の視線に気付く。


「いえ。

 埋葬月人が一般人をターゲットにするとは考え難い。

 かの人が標的にするなら、当然こういうお屋敷に住んでいる人でしょう。

 でもこのお屋敷は、今も警護体制が崩れていない。

 だとしたら、埋葬月人のターゲットはまだ生きている事になる。

 つまりかの人の暗殺は、失敗した事になる訳」


「な、成る程」


 確かにココの指摘通り、今も西の塀を磯部組の構成員が警護している。

 というより、彼等は恋矢達にさえ威圧的な視線を向けていた。


〝さっさとこの屋敷から離れろ〟という意思表示を、恋矢は的確に読み取る。


 だが篠塚ココは、飽くまでマイペースだ。


「それで、埋葬月人はどの方角に逃げたの?」


「……あー。

 それは、歩きながら説明して良い?」


 このままでは、組員に因縁をつけられそうだ。

 恋矢はそう判断して、歩を進めながら説明を続けた。


「えっと、このまま南に向かった筈なんだけど。

 って、これはさっき説明しなかった?」


「そうだね。

 恋矢は学校で、そう言っていた。

 でも、そうなると妙な事になるの」


「妙な事?」


 恋矢が眉間に皺を寄せると、ココは肩を竦める。


「うん。

 このまま南に向かうと、街に着いてしまう。

 恋矢が怪しがる人物を誰かが街で見かけたら、お巡りさんを呼ぶでしょう? 

 それでも南に逃げたとしたら、やっぱり妙よね?」


「………」


 恋矢が〝不味い〟と感じたのはこの時で、自分は篠崎ココを見くびっていたのではと思う。

 その一方で、恋矢は嘘を言っていない。


 西の塀を警護していた組員は、確かにかの人にやられた。

 だが薄っすらな意識で、かの人は南に逃げたと証言したのだ。


 それが事実なら、かの人はやはり南に向かった事になる。


「要するに、それだけの下準備があったのね。

 何処かに鞄を隠していて、コートや仮面は鞄に押し込んだ? 

 そのまま街に向かった埋葬月人は、人ごみに紛れたという事?」


 自問する様に呟く、ココ。

 だとしたら、最早ココ達に打つ手はない。


 素顔も分からない正体不明の存在を、追う事など出来る筈もないだろう。


「……可能性があるとすれば、防犯カメラか。

 どこかの防犯カメラに、鞄を持った不審人物が映っているかもしれない。

 けど、それだって無理な話だ。

 俺達の様な一般人に、防犯カメラの映像を見せてくれる筈もないんだから」


「………」


 恋矢がそうぼやくと、ココは目を細めた。


「いえ、いい事を言ってくれたわ、恋矢。

 もしかしたら、それは発想が逆なのかもしれない」


「は、い?」


 やはり、ココの言っている事は、恋矢には分からない。

 しかし、ココの足取りは軽かった。


 そのまま――彼女達の調査は次の段階に進んだ。

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