第5話 恋バナ
5 恋バナ
「というか所長、本当にあの人、狙われていると思います?」
五人の男女が、部屋の前に整列している。
その内の一人である、ガスマスクの男が研吾に話しかけた。
ガスマスクの男――天井恋矢の問いに対する答えはこうだ。
「さて、な。
俺達はただ、クライアントの要望に従うだけだ。
クライアントが〝命を狙われている〟と感じたなら、それを護るのが俺等のお仕事。
事実確認は、また別の部署がするだろうさ」
現に今も磯部組の構成員は、情報屋から情報を仕入れている最中だ。
磯部八介を狙っている人物が居るか、聴きまわっている。
だが、濱田セキュリティ会社の仕事は、要人の警護にある。
それ以外の事はする必要はないし、した所で金になる訳でもない。
いま恋矢達がするべき事は、磯部八介を護る事。
彼等はその事だけ、考えていればいい。
「まあ、今のは社会に順応しすぎた、大人の正論ってやつだ。
ガキはガキらしく、色んな事を疑問に思った方がいい」
「はぁ。
成る程」
と生返事をする恋矢に、研吾は己の企みを打ち明ける。
「それに磯部がもし狙われているなら、俺達にとっても好都合だ。
ただの警護なら料金も低いが、実際に暴漢が現れれば報酬は三倍に跳ね上がる。
そいつを捕まえれば、おいしい仕事になるぜ、これは」
磯部八介の立場からすると、実に不謹慎な意見だ。
お蔭で恋矢としては苦笑いするしかないが、所長である研吾としては当然の計算だった。
一方、恋矢としては、後ろ暗い気持ちがあった。
彼は真っ先に、篠塚ココの事を考える。
果たしてココは、恋矢が危険を伴う仕事をしている事を、歓迎するか?
それも警護の対象は、半ば犯罪者というべき人物だ。
生活の為なら、悪とも言える人物も護らなければならない。
これのどこが〝清く正しく〟なのかと、恋矢は内心自嘲した。
恋矢にとってまだ幸運だったのは、具体的に八介が何をしているのか知らない点だろう。
そのお蔭で恋矢の良心は、まだ健全に働いていた。
〝殺されていい命など決してない〟という彼の裏のモットーが、ここでも的確に機能する。
そんな時、同僚である川島多喜絵が口角を上げた。
「というか、皆、知っています?
天井君、遂に昨日彼女が出来たんですって」
「――って、川島さん!」
ガスマスク越しに、恋矢が焦った声を漏らす。
恋矢は昨日、ココとの恋愛関係が成立した事で高揚し、つい口が滑ったのだ。
その事を聞かされた川島は、素直に〝おめでとう〟と言ってくれた。
しかし皆が居る前でその事実を暴露するのは、恋矢にとって大誤算である。
「いいじゃない。
本当に、おめでたい話なんだから。
幸せは、他人と共有するものよ」
「そーか?
俺としては、一発位殴りたいけどな。
いや、その彼女が美人なら、二発は殴るべきか」
「女性はそういう話、好きですよね。
と、失礼。
今のは決して、セクハラのつもりはありません」
安藤時雄と江夏隆が、それぞれ感想を述べる。
恋矢としては、やはり苦笑いするしかない。
「何?
彼女の写真とかあるの?
興味あるなー」
「って、結局江夏さんもノリノリじゃないですか。
ええ。
昨日見せてもらいましたけど、メッチャ美人」
川島多喜子は、このメンバーだと恋矢の次に若い。
二年前の高校二年の時、世界大会にさえ出場した柔道家はここでも恋矢を囃し立てた。
「私の見立てでは多分ハーフね。
大人しそうな子だけど、天井君とは合っているかも。
ほら、皆にも写真、見せてあげたら?」
「……いえ、今は仕事中ですから」
出来るだけ冷静かつ簡潔に、恋矢は答える。
本来の彼は、実にクールだ。
ただ篠塚ココがらみの話になると、彼は目に見えて狼狽える。
ココに言わせると、その辺りが恋矢をヒロイン属性足らしめているのだろう。
その事に気付かぬまま、恋矢は別の話をした。
「要するに暴漢が出たら、俺達のギャラも三倍になるって事?」
「そうだな。
ボーナスは期待してもらっていい」
「………」
正直、それは助かる。
恋矢だけでなく、川島達も同じ思いだ。
基本、濱田セキュリティ会社には、金に困っている社員しかいない。
と、また川島が何かを言い掛ける。
だが、彼女が皆まで言う事はなかった。
何故ならその前に、事態は急変したから。
「つ――っ?
川島さん――避けて!」
いや、そう叫びながら恋矢は川島を抱き飛ばす。
結果、遠方から投擲されたナニカは、部屋の扉を貫いた。
恋矢が川島を庇わなければ、彼女は額を強打していただろう。
いや、川島を庇って床に頭を打った恋矢こそが、意識を朦朧とさせていた。
その間に、黒い闇が、疾走してくる。
明らかな外敵を前にして――研吾達は息を呑んだ。
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