第2話 お付き合い開始

     2 お付き合い開始


 十分程で――ホームルームは終わった。


 ふと何気なく恋矢は、ココの席に目を向ける。


 と、彼女は小さく手を振って、笑顔を見せてきた。

 

 恋矢は素直にドキッとして、それでも何とか手を振り返す。

 あの加賀敦に対しては冷淡な天井恋矢が、篠塚ココ相手だとこうも人が変わるのだ。


 その事を自覚するが為に、恋矢は思わず苦笑した。

 何にしても、自分はあの篠塚ココの彼氏になった。


 その事実だけで、恋矢は飛び上がりたい思いに駆られている。

 元々感情を表に出すタイプではないが、嬉しい物は嬉しいのだ。


 一体、自分とココの関係はどう変わるのか?

 そう考えるだけで、思わず赤面してしまう恋矢だった。


     ◇


「そうね。

 取り敢えず――下校は一緒にしましょう」


「………」


 放課後、雨が降る中、篠塚ココはそう提案してくる。

 男子と付き合った事があるのか、ココはここでも恋矢をリードしていた。


 恋矢のその思いが顔に出たのか、ココは右手を横に振る。


「いえ、ないよー。

 私は男の子とお付き合いするのは、初めて。

 あ、でも、敦ちゃんをカウントに入れて良いなら話は別かも。

 デート位は、何度かしているし」


「……やめろ。

 加賀を、俺と同列に扱うな。

 気分が萎える」


 拗ねる様に言う恋矢を見て、ココは呵呵大笑した。


「えー? 

 何でー? 

 敦ちゃんは、いいヤツだよ。

 私が言うんだから、間違いないよー」


「……その根拠は? 

 何を以って、加賀はいいヤツだと言い切れる?」


 普通の恋人同士は、どんな会話をするのか、二人は知らない。

 だからこそ、恋矢達もまた何時もの通り世間話をする。


 人気がまばらな放課後の教室で、恋矢とココは語り合う。


「男子の生態とか、私に教えてくれるもの。

 男子が女子にとって如何に危険な存在か、敦ちゃんは事細かく話してくれる。

 男子の前で絶対に言ってはいけない事とかも、聞かせてくれた」


「……ナニソレ? 

 オレハダンシダケド、イミガワカラナイ」


「そう? 

 例えば、オチ……」


「――いや、よく分かったから取り敢えず黙ろうか! 

 いえ、頼むから喋らないで下さい!」


 焦るしかない恋矢だったが、ココはキョトンとするだけだ。


「いえ、〝オチの無い話は控えた方がいい〟って言われたんだけど?」


「………」


 杞憂と言えばそこまでの話だが、これも全て加賀敦が悪い。

 そう思う事で、恋矢は気分を切り替えた。


「……あー、そう言えばテレビでやっていたな。

 女子はオチがない話を、延々とするって。

 でも、絶対に止めろって程じゃないだろう? 

 俺は別に、そういうのも嫌いじゃないぜ」


 視線を逸らしながら、ぼやく様に言う。

 ココは、フムと頷く。


「オチがあるかは分からないけど、私、大事な事を訊き忘れていた」


「は、い?」


「うん。

 恋矢はどうして、私を好きになったのか? 

 その辺りの事を訊いておかないと、何だかすっきりしない」


「………」


 常の様に微笑みながら、篠塚ココはそんな酷な事を尋ねてくる。

 告白しただけでも相当な勇気を振り絞った恋矢にとって、それはハードルが高い質問だ。


 だが、天井恋矢は、筋を通すタイプの人間だ。

 一度決めた事は、覆さない事を信条にしている。


 柔軟性が欠如しているとも言えるが、今の所彼はそんな己に満足していた。

 ならばこの場でも筋を通すのが、自分という物だろう。


 恋矢はいま自身がどんな顔をしているのか分からないまま、語り始めた。


「……その、ココって何時も笑顔だろう?」

「んん? 

 あー、そうかもね。

 私は笑顔の方がいいって言われた事があったから、出来るだけそうしている」


「ああ。

 でもココって、偶に驚くほど素っ気ない時があるんだ。

〝この場面でこうくる?〟みたいな感じ? 

 ……そのギャップが、堪らないというか」


「……は?」


 恋矢が正直に話すと、篠塚ココはキョトンとしてからもう一度大笑する。


「あははははは! 

 それは何と言うか、面白い話だわ! 

〝本人を前にして言うか〟って感じ! 

 そうなんだ? 

 私って、そんなに冷たい印象もあるのね――?」


「………」


 ここまで笑われるとは思っていなかったので、恋矢はやはり拗ねた様な表情になる。

 追い討ちをかける様に、ココは恋矢の顔を覗きこみながらこう尋ねてきた。


「冷たくされるのがいいとか、もしかして――恋矢ってドM?」

「………」


 彼としては、吐き捨てる様にこう答えるしかない。


「そういうココは――ドSだよな。

 男心とか、簡単に踏みにじりそうだ」


 と、何故か唖然とする、ココ。


「あー、実はそうかもね」


 ついで彼女は困った様に笑いながら――そう告げていた。

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