元領主は未来の王フェリス様を支えていくと決めた。


 ユラの街の事件から半年。


 ユラの街の領主代理である、わたくしの朝は起きるとまず身支度を整えることから始まる。少し癖毛の短めの銀の髪の毛をとかし、黒縁眼鏡をかける。昨日のうちに皺を伸ばしてハンガーにかけておいた黒いスーツを着て準備は完了だ。


 それから自宅から歩いて十五分の、領主の城に向かう。仕事が出来ないと困るということで、一番最初に城の修復作業がおこなわれた。とはいえ急ぎで直したので真新しい部分と、以前のままの部分が混在するツギハギだらけで傷だらけの城になってしまっている。


「全壊しなかっただけ良かったのでしょうが、やはり見た目は良くありませんね」


 城を見上げてから入っていく。


 領主室には、わたくしがお仕えすると決めた主フェリス様が、今日も朝から挙動不審な動きをしていた。


「マホロ……僕はどうしたらいいんだろ? やっぱり会いたいよ……」


 ぶつぶつ呟きながら部屋の中をひたすら、うろうろぐるぐるしては溜め息を繰り返す。


「フェリス様、いい加減になさい!」

「!?」


 叱責すると身体をビクッと跳ねさせて、わたくしを怯えきった目で見つめた。苛めている気分になってしまう。実際に酷い目にあわされたのは、わたくしの方なのだが……。


「この国を守ると、マホロ様に誓ったのでしょう?」

「……うん」

「ならば小さな事からでもいい。やってごらんなさい」

「分かった。でも一体、何をしたらいいか分からないんだよ」


 わたくしを見つめ続けるフェリス様の首には、スキルを封印する銀のチョーカーが巻きついている。


 前王に奴隷に堕とされたため心の揺らぎが大きく不安定なフェリス様の、スキルが暴走するのを抑えこむためのもの。


 というのは表向きで本当の理由がある。


 あれほどの大事件を起こしたのだから本来なら奴隷堕ち確定だった。だが巻き込まれた人々に洗脳されていた間の記憶が無かったのが幸いして、フェリス様に対して同情の声まであったのだ。


 それでもすべてを知る者がいるいじょう、フェリス様の犯した罪は見過ごすことはできないし許されるものではない。なのでマホロ様たちと協議のすえ、スキルを永久封印することで極秘のうちに解決とした。


「それでは、わたくしと一緒に来てください」


 基本的には素直なフェリス様はコクンッと頷くと、わたくしのあとを雛鳥のようについてくる。


「どこに行くんだ?」

「まだ意識が戻らない者もいるので、治癒スキルを持つ者と共に家々を回るのです」


 城を出て、馬車の待つ裏庭に向かうと、白いコートを見にまとった青年が二人、わたくしたちに気がついてお辞儀をした。


「今日もお願いします」

「はい。よろしくお願いします。そちらの方は?」

「手伝いをさせるために連れてきました。遠慮なく使ってください」

「それは助かります。よろしくお願いします」


 わたくしの言葉に、青年たちは人手が増えて嬉しいのか微笑みながらフェリス様に握手を求めた。フェリス様は捨てられた子犬のような顔をして、わたくしを見つめるので背中を押してやる。すると、おずおずとした動作で青年たちと握手を交わす。


「フェリス様、行ってらっしゃいませ」

「お前は行かないのか?」

「領主の仕事がありますからね。フェリス様も、しっかりとお二人のお手伝いをしてきてくださいね」

「う、うん。分かった。行ってくる」

「それでは行きましょう」


 青年たちに促され、ぎこちない動きで馬車に乗りこんだ。


 街中へ走りだす馬車を見送る。


 スキルを無くし人々からの信頼さえ無い。今のフェリス様は、まさにマイナスからの、やり直しなのだ。ゆっくり時間をかけて信頼を取り戻すしかない。


「さてとわたくしも仕事に向かいましょう」


 元とはいえ領主として、やらなくてはいけないことが山ほどある。今日も書類が大量に積み上がってる領主室に向かう。



 それから更に二年の年月が過ぎた。


 夕日に照らされオレンジ色に染まったツギハギだらけの城は未だに傷が残ったままだが、フェリス様は少しずつ変化していった。


「フェリス様、オレん家の父ちゃん仕事復帰したんだぜ!」

「それは良かったね」

「オラんどごもが店ぇ再開でぎたで! ありがどぉよ」

「今度、店に行くよ」


 今も街の人々に声をかけられて、フェリス様は嬉しそうに微笑みながら言葉を返している。少しずつではあるが信頼を取り戻しつつあるようだ。


「ハァ〜……。マホロは今頃どうしてるんだろ」


 けど仕事終わりには、必ずマホロ様のことを思いつぶやくのは変わらない。誰が見ても叶わぬ恋なのだから、そろそろ諦めて欲しいものだ。


「さぁ、早く帰りますよ」

「分かった」


 赤く染まっていた街が、しだいに群青に変わり夜の訪れをつげる。街灯の揺らめく光の中、領主の城に向かって歩く。


「あのさ、今更なんだけど……聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

「うん。あのさ……お前の名前……教えて欲しいんだ」


 二年以上も経った今か! という気持ちもあるが、これまでのフェリス様はマホロ様以外の人間に、まったく興味を持ってはいなかったのだから仕方ないことかもしれない。


「……ダメか?」


 心の底から驚いていることも知らずに、フェリス様は不安げに、わたくしのスーツの袖をつかむ。


「ダメではありませんよ。わたくしの名前はユウハといいます」

「教えてくれてありがとう。ユウハ、いい名前だね。夕焼けみたいに綺麗だ」

「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです」


 嬉しかったのは本当だ。名前を褒められてイヤな気分になるわけはない。そしてなにより、わたくしが名前を伝えた瞬間の、フェリス様のはにかんだ笑顔を可愛いと思ってしまった。


 ようするにアレだ。バカな子ほど可愛いというヤツなのだろう。


 わたくしの袖を握ったままだったフェリス様の手をとり、そのまま手を繋いで歩きだした。


「ずっとユウハのことが怖かったんだ」

「フェリス様の方が強いのに?」

「それはさ。スキルがあったからなんだよ」

「そうかもしれませんが、あの時のフェリス様は剣術もなかなかだったと思いますよ」


 仮の領主とはいえ文武両道であらねばならなかったので、わたくし自身もある程度は対処できるつもりだった。しかしフェリス様は、わたくしよりも秀でていた。だから負けて街の人々を危険に晒してしまった。


「たぶんお父様に昔、教わった剣術を身体が覚えてただけだよ。城を追い出されてからは生きるのに精一杯だったから稽古まったくしてなかったし……」

「だとしたらフェリス様には剣の才能があるのだと思います」

「そう……なのかな?」

「はい。それから忘れてませんか? わたくしはフェリス様を支えるために、ここにいるのです。貴方を怖がらせるためではありません」

「うん。忘れてないよ。だから名前を知りたくなったんだよ」

「そうだったのですね」

「うん。これからもよろしくユウハ」

「こちらこそこれからもよろしくお願いしますね。フェリス様」



 月日が経つのは早く、事件の起きた日から8年の時が過ぎていた。


 ツギハギだらけだった城は街の男たちの手によって新しく建て替えられ、街のいたるところにあった傷跡もすべて修復され消えていた。ユラが国であった頃の活気を取り戻して街の雰囲気も明るい。


 コンコンコンコン!


「ユウハ、本棚の資料の整理が終わったよ」


 ノックと共に、フェリス様が領主室に入ってきた。


「ありがとうございます。それではあとは、こちらのは書類にサインをしていってください」

「分かった」


 書類を受け取ると、わたくしの秘書机の前を通りすぎて、フェリス様は領主机に向かった。そして朝の日差しを背に受けながら、黙々と書類にサインを書きはじめる。


 ペンの滑るカリカリという音だけが、静かな室内に響く。


 コンコンコンコン!


「領主様にお手紙が届いております」

「入っていいよ」

「失礼します。こちらです」

「ありがとうございます」


 ペコッと、お辞儀をして小柄なスーツ姿の男性が、わたくしに手紙の束を渡してきた。わたくしが受けとると、再びお辞儀をして部屋から出て行ってしまう。なんとも素早い動きだ。


 八通届いた手紙を一通一通、開封しては中身を確認していく。七通の手紙は、各地に偵察に行っている職員からのもので、いつも通りの定期連絡的なものだった。


 問題は最後の手紙だ。だが隠しておくわけにもいかない。


「フェリス様、マホロ様からお手紙が届いてます」


 わたくしが立ち上がって、フェリス様に渡した瞬間。パァッと満面の笑顔で、手紙を受けとり抱きしめて匂いまで嗅いでいる。


 ピリピリピリピリ……。


 そしてペーパーナイフを使うことなく、手でゆっくりと丁寧に封を開ける。


 カサカサ。


「……!?」


 最初は鼻歌まで歌って嬉しそうに読んでいたのだが、二枚目を読みはじめたとき、フェリス様の顔色が真っ青になって、ついには床に座りこんで、うずくまってしまった。


 手紙がフェリス様の手から、ヒラヒラと滑り落ちて、わたくしの足元にとどく。


「フェリス様、わたくしも読んでいいですか?」


 内容がとても気になるが、さすがに個人宛ての手紙を勝手に読むことは出来ない。なのでフェリス様に伺う。すると、うずくまったままの姿勢で、か細い声で「うん」と答えが返ってきた。


 床に落ちた手紙を拾いあげ、わたくしも読んでいく。たしかにこれはフェリス様にはショックかもしれないと思ってしまう。


「なるほど。マホロ様が正式に晴人様とご結婚されるのですね」

「……うん。今までは少しは可能性があるんじゃ? って思ってたんだ。でもさ結婚したら可能性ゼロじゃないか!」


 いや、わたくしから見ると最初から可能性は、まったくと言っていいくらい無かったのでは? と思うのだが……。


 とはいえこれ以上フェリス様を、どん底に突き落とすのも気がひける。心が折れてボロボロだったのが、最近ようやく立ち直ったのだから、今また挫けてもらっては困るのだ。


「またひとりぼっちじゃないか……」


 ブツブツつぶやき、うずくまったままのフェリス様の側に、腰をおろしその肩を抱きよせる。


「ひとりぼっちだなんてことはありませんよ。わたくしがいます。それだけではいけませんか?」


 ゆるゆるとフェリス様が顔をあげる。涙とヨダレと何だか分からない液体で、ぐちゃぐちゃになってしまっている。


「ずっと一緒にいてくれるのか?」

「えぇ。貴方が嫌だと駄々をこねても逃げだしても離れませんよ」


 顔を真っ赤にして、ヒックヒックとしゃくりあげながら、潤んだ瞳で見つめてくる。


「本当に?」

「はい。だからもう泣きやみなさい」


 ポケットからハンカチを取り出して、フェリス様の顔を丁寧に拭いていく。この方は身体は大人なのだが、育った環境が影響してるのか心がまるで子供のままだ。


「……うん。僕にはユウハがいるだけでいい」


 ただの依存なんだと思う。それでもいい。


 最初はフェリス様を利用できる駒としか実は思ってなかった。領主の地位は意外と色々な点で優遇されたからだ。


 けれど今は、子供のようなフェリス様が可愛いと、愛おしいと思ってしまっている。


「はい。わたくしもですよ」


 フェリス様の身体を抱きしめて頭を撫でると、フェリス様はふにゃんと嬉しそうに微笑む。


 手放せなくなってしまったのは、絡めとられてしまったのは、むしろわたくしの方だったのかもしれない。



 手紙と共に入っていた、結婚の儀の招待状は手紙ごと、わたくしがこっそり燃やしてしまった。



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